婚約破棄公爵令嬢リルオードは最後に第二王子の寵愛を受ける.08

「三年前のあのパーティ。覚えているかい」


 離宮のダイニングルーム。

 いちばん奥には、アレクシス殿下。

 テーブルは長いけれど、わたくしと、足の動かない母まで席に付かせていただけました。

 それも、殿下の斜め向かいに。

 本来は王家の一族がお掛けになる席でございます。

 まあ、温かいご飯なんて久しぶり。

 母様も御厚情に感謝して、美味しそうにスープを口に運びます。


「……忘れるわけございませんわ」

「そうだ。そうだね。イングラム家終焉の引き金になった」

「……返す、言葉もございません」


 言葉が詰まると涙が出溢れそうになります。

 ずっと、ずっと姉代わりに面倒を見てきたクララに、あんな形で裏切られるなんて。

 母様も食事の手を止め、涙を堪えているようです。


「あれからずっと、私はある疑いについて密偵と共に調べてきた。そして三年経った今、疑いが確信に変わった」

「ある疑い……?」


 なんでしょうか。

 イングラム家は、伝統的に王家とは持ちつ持たれつの関係。

 けれどそれも、領民への減税・インフラ整備・公共事業のバランスを見誤り、公爵家が傾きました。

 そして追い打ちをかけるようにあの事件が起き、信頼関係は揺らいで来ておりました。


「父の、失策についてでしょうか」

「いや、違う。イングラム家は、王国西部の民を救うために尽力してきた。民からの信も厚い。王家としても本来ならば親密であるべき家だ。切り捨てるなどあまりに軽率」


 ぱく、ぱく。

 アレクシス殿下は冷静に話をしながら、けれど完璧なテーブルマナーで子羊のステーキを平らげていきます。

 わたくしは、殿下のおっしゃることが気になって、フォークとナイフを置いてしまいました。


「時を同じくして、ウェントワース家の事業が急激に好調になっている」


 ウェントワース家……クララの実家。

 国内に数多くある銀行の親会社を経営しています。

 王国の中では比較的歴史の浅い、けれどクララのお父様の辣腕によって、短期間で巨万の富を築き上げた一族。


「お父様が……優秀ですから。わたくしの家とは違って」

「家を立て直そうと必死だったと聞いているよ、君の父君は」

「それは……そうですが」

「では」


 もぐもぐ、ごくん。

 お皿の上の最後の子羊を食べた殿下は、食事の手を止め、わたくしをご覧になりました。


「その父君のかけがえの無い努力を、不当に奪っているものがいるとしたら?」

「え……それは……どういう」


 ぱんぱん。

 アレクシス殿下が手を叩くとメイドさんがひとり、奥の扉から入ってきました。

 けれど彼女は、わたくし達には目配せもせず殿下のそばに歩み寄り、跪きました。

 なんとなく、の印象ですが、普通のメイドさんでは無さそうです。


「例のものを」


 はい。

 小さく一声発したあと、謎のメイドさんは音もなく部屋を後にしました。

 殿下はこちらを見ると、満面の笑みでにっこりしました。


「さあ、二人とも。召し上がっておくれ。せっかくの子羊が冷めてしまう」

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