9-2 容疑者の死
ティナはすっかり冷たくなったカップを握る。
なにか言葉を発しようとするけれど、唇が震えて消えてしまう。
「そう、ですよね……」
たっぷり一分経って、ティナはそう言うのがやっとだった。
「私の種が魔法局に解明されれば、クロードさんの魔力も戻ってくるかもしれませんしね」
ティナが言い聞かすようにうつむいた。
「……そうだ」
「罪人と言われる私をひと月の間、匿っていただきありがとうございました」
なんとも言えない気持ちが胸をふさぎ、言葉を絞り出す。
「一つお願いがあるのですが、イリエさんの続報を待ってからでもいいでしょうか。私もこの事件の状況をもっと知りたいのです」
「それは、そうだな。……王都の状況がわからなければ、君に危険が及ぶ可能性がある。一度確認しよう。それから、イリエと一緒に王都に帰ればいい。あの男といれば道中も安全だろう」
「ありがとうございます」
その後は、また無言が続いた。
二人の間の沈黙は居心地がよかったはずなのに、今のリビングは重苦しい。
気づけば外は暗くなり始めていた。それに気づいたティナは笑顔を作った。
「夕食の準備をしますね」
「僕はいい。気分がすぐれない。少し考えたいし、部屋に戻る」
クロードはそれだけ言うと、さっさと部屋に戻ってしまった。
一人残されたティナはクロードを見送ることしかできない。
「ウイルズ・ドラン様が亡くなった。……クロードさんの家族だった方……」
情報が一気に入ってきていて、ティナは未だに整理できない部分もあり混乱していた。
クロードはドラン家の養子だった。種に魔力を奪われ、魔法局とドラン家から追放されてこの街に流れ着いた。
五年前も今もドラン家が関わっていてウイルズ・ドランは怪しい。だけど彼は死んでしまった。
誰よりもクロードがウイルズに真相を聞きたかっただろう。しかし彼に聞くことは永久に出来ない。
クロードの気持ちを考えるとやりきれずない。
仇となる人物だとしても、家族だったひとだ。心中穏やかではないだろう。
そして、ティナは自分のこれからについても考えてみる。
「しばらくここで暮らすのだと思っていた」
つい数時間前までは三月後の薬草のことを考えていたのに。
突然、この日々に終わりが突きつけられた。
罪が晴れ、王都に戻れる。それなのに、まったく気持ちは晴れない。
明日からの自分が全く想像できなかった。
ティナは、二階を見上げる。
二階ではクロードが自室に入ったところだった。
「くそ……っ」
部屋に入ったクロードは一人呟いていた。その気持ちを共有してくれる人はいるのに。
彼はまた一人になってしまっていた。
・・
「おはようございます」
眠れぬ夜を過ごした二人は、朝食の席で顔を合わせる。
昨日何も食べずに眠ったクロードのために、朝からティナは料理を作っていた。
優しい味のミルクスープをクロードの前に置く。
ひと月の間にティナは出来ることがたくさん増えた。こうして料理も出来るようになったし、自分で身体を洗える、魔法がなくても部屋を清潔にすることもできる。
畑仕事だって、ティナの大切な仕事だ。
だけど。王都に帰ってしまえば、そのどれも必要のないことだ。
侯爵家に帰れば、すべて侍女がやってくれることばかり。
クロードは黙ってカップを受け取ってスープを飲んだ。
「クロードさんも一緒に王都へ行きませんか?」
ティナは控えめに問う。
「なぜ」
「種の件を、魔法局で一緒に解き明かしませんか? 私の例があったのなら、クロードさんが嘘をついていないとわかるはずです。私も証言しますから。きっとクロードさんのことも調べて――」
「僕はただの平民だ。それに一度追放されている」
「私やセルラト家にとってクロードさんは恩人です。我が家に」
「——今日はマーサのところに調合薬を運ぶ日だ。僕はもう出る」
会話を打ち切るようにクロードは立ち上がった。
「お手伝いしましょうか」
「魔法で運ぶ。君の助けは必要ない」
あえて突き放すような言い方にティナはそれ以上何も言えない。
冷たい言葉を発したクロードの方が傷ついた顔をしていたからだ。
「えー、ちょっと冷たすぎないー? ティナちゃんがこんなに熱烈に誘ってくれてるのにさあ」
この部屋の空気にそぐわない楽し気な声が聞こえる。窓辺に一匹の黒い大きな鳥がいた。
「いつのまに二人は恋人関係になってたの? 聞いてないけど」
「なってない」
「へ~え?」
黒い大きな鳥が部屋の中に入ってくると、イリエに変わった。にやにやと二人を見比べている。
「でも、ティナちゃん。クロードを狙ってるのは君だけじゃないんだよ。俺もクロードを自分の国に連れて行きたいんだ」
「ね、狙ってはいません……」
「行かない」
イリエは木箱に座ってにこりと微笑む。
「魔力がなくて、種のことが解明できてないからねえ~? でも、種について解明できれば来てもらいたいな。よかったらティナちゃんもきていいよ♪大歓迎」
「うるさい。それで、情報を持ってきたんだろうな」
「ちゃんと速報は届いたみたいだね。ま、ここまで急いできたんだからお茶くらい飲ませてよ。クロード、調合薬運ぶ日なんでしょ? いってきてもいいよ、ティナちゃんとお茶してるから」
クロードは荒々しくロッキングチェアに座る。
「今日はもういい。今すぐ話せ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます