秘密のお仕事
小学校の通学路にある信号機のない横断歩道の左右を確認して黄色い旗を平行に
「おはよう」
「おはようございます」
秘密結社アマテラスの一日は通学する子供達の見守りから始まる。
7時半から8時半の一時間。
「平和は一日にしてならず。毎日の積み重ねが平和の
知らないオジサンこと
「よし。じゃあ行くか、いっちゃん」
いっちゃんこと俺、一条隼人は今日から秘密結社アマテラスの新人教育を受けることになった。
もちろん自分から望んで受けている訳ではない。
—一条君はこれからどうするの?
(どうするって……警察に自首するしかないと思うけど。でもそうなったら、この人達が黙ってないよな。留置場にいた俺を誘拐する様な人達が。そもそも何でこの人達は留置場にいた俺を誘拐したんだ?)
—予定では合法的な方法で君を連れ出すことになっていたんだけど、予定外の邪魔が入ってね。
「ミーちゃん、おはよう」
「おはよう、はっちゃん。新人?」
新人研修を受ける場所に向かう途中で寄ったコンビニでワゴン車に乗って来たのは、長い金髪を首の後ろで
「今日からお世話になる一条隼人です。よろしくお願いします」
「若いねえ。誰の紹介で入ったの?」
お姉さんに聞かれた、はっちゃんこと
「先生が勧誘したというか、行く当てが無くてそうするしかなかったというか、他に選択肢が無かったというか、だろ?」
「えぇ、まぁ」
「ふーん」
助手席のお姉さんが後部座席の俺に振り返って視線を上から下へ走らせる。
「いいんじゃない。目立たなそうで」
つまり、カッコ良くもないけどカッコ悪くも無い見た目ということですか。
「ただちょっとこの仕事をするには若いね。いくつ?」
「17です」
首の骨が後ろに折れたみたいにガクリとお姉さんの顔が天井を向いた。
「嗚呼、アタシはもう、おばさんなんだ……」
ルームミラーに移った蜂須賀パイセンの眼が俺に訴えかけていた。
なんか気の利いた事を言え、と。
(俺が?!いやそこは先輩が言って下さいよ!)
という視線をルームミラーに移る蜂須賀パイセンに向けると、いや俺には無理だって!という全く頼りがいの無い視線が帰って来た。
「あのー……何てお呼びすればいいですか?」
「おばさんでいいよ……」
「いやあの、出来れば、お名前を教えて頂けると、嬉しいんですけど」
「ミリア。
「あ、いえ、ミーさんと呼ばせて頂きます」
「そう。好きにすれば」
ルームミラーに映る蜂須賀パイセンの視線が、隣に座るミリアさんの機嫌を窺うようにちらちらと動き、どうにかしろよとという視線をしきりに俺に送る。
「いっちゃんはさぁ、学校に行かないの?」
ミリアさんが窓の外を見ながら言った。
「たぶん、一刀さんにお願いすれば行かせてくれると思うんだけど」
「大学には行こうと思ってるので、それまでは働こうかと」
「働くのはいつでも出来るけど、高校には今しか行けないんだよ。つまんないかもしれないけど……嗚呼、アタシ今すごくおばさん臭い事言ってる。がーん……」
ルームミラー越しに蜂須賀パイセンが、何やってんだよお前!と俺を攻める視線を送って来るが、俺が何をした?俺は何もしてないだろ。だいたい、そんなにミリアさんの機嫌が気になるならパイセンが自分でどうにかすればいいだろ!
俺は蜂須賀パイセンの視線を無視して窓の外に視線をやる。
「ラジオでもつけるか」という頼りにならない蜂須賀パイセンの声がした。
—最近、お肌の乾燥が気になりませんか?二十代前半を過ぎるとお肌の水分量は年々——。
「何で消したの?消さなくてもいいのに」
(はい。はいはい。
「え、いや……静かな方が、良いかなって、思って」
(駄目やないか。蜂須賀パイセン、全然ダメやないか)
「な?」
(な?じゃないよ。俺を巻き込むなよ。自分でどうにかしろ)
「俺は別につけててもいいですけど、ね?」
ルームミラーに映る蜂須賀パイセンの眼に殺意が宿るのが見えた。目的地についたら人目につかない所に連れて行かれてシバかれるかもしれない。
「ミーさんはいつからこの仕事やってるんですか?」
俺の質問に少しの間を置いてミリアさんが答える。
「5年ぐらい?もっとかな?忘れたけどだいたいそんぐらい」
「先輩はどんぐらいやってんすか?」
「俺もミーちゃんと同じくらいだな」
高速道路に乗って一時間。山間部で高速道路を下りた軽ワゴン車は山奥へと続く細い砂利道を走る。
目的地は日中の半分以上が日陰になっている山の谷間、そこにある知る人ぞ知る秘境の温泉宿。
秘密結社アマテラスの新人研修所であり保養地でもある。
****
眠い。だるい。
「如月さん、着いたよ」
修学旅行4日目は開園してすぐのサファリパークのバスに乗って放し飼いの動物を見たら一直線で学校に帰るという、一つでも多くの思い出を作って帰って欲しいという旅行会社の思いやりが窺える日程だが、寝不足の今の私の気持ちは余計な事はせずに一分一秒でも早く帰れ、だ。
「調子が悪いなら、先生に言ってバスで待ってる?」
「大丈夫。眠たいだけだから」
動物園は好きだ。一日中いたって苦痛じゃない。
「如月さん、一緒に写真撮らない?」
何で私が間近で動物が見える貴重な時間を潰して、この顔を赤く染めたオスと一緒に並んでいる写真を撮らなければならないと言うのか。
そんな義理も法律も無いというのに。
「綾小路さん一緒に撮りましょう?」
私がスマホを構えると、腰を屈めて私の背に合わせた綾小路さんが恥ずかし気にはにかむんだ。
かわいい。
ぎゅっと綾小路さんの肩を抱き寄せて写真を撮る。驚いた顔の綾小路さんが映っていた。かわいい。
悪くない。どうせ帰るなら最短最速で帰れと思っていたけど、可愛い友達と一緒に思い出の写真を撮れるなら寄り道も悪くない。
サファリパークをバスが一周するとすぐさま観光バスに乗って飛行場に向かう。そして16時過ぎに学校へ到着した。
「綾小路さんと一緒で楽しかった。ありがとう」
「私も、如月さんと一緒で、楽しかった」
照れてはにかむ綾小路さんがかわいい。
「またね」
「うん。またね」
綾小路さんと別れた私は、迎えに来てくれた兄の車に乗った。
「家に帰るか?」
私は首を横に振った。
「本部に寄って」
吾妻香織に聞きたいことがある。
車が本部の地下駐車場に
マスクを被る。西洋甲冑の兜のように目元に細いスリットが入っている
—千里眼のバイオレット。
「あなたに黙秘権は無い。聞かれた事に嘘偽りなく答えなさい」
「その声は……如月だっけ?公安の。どうしたのそのマスク。中国で流行ってるスーパーヒーローマスク?」
「あなたは知ってるんじゃない?あそこで何をしていたか」
「知ってることは全て話した」
「本当に?」
「疑っているなら、嘘発見器でも拷問でもして聞き出せばいいじゃない」
「これは私の勘なんだけど、思い付きじゃなくてよくよく考えた結果の勘なんだけど、あなた、アマテラスのメンバーでしょ?」
「アマテラス?何それ、ロックバンド?そのマスクに私のサインが欲しいの?いいよ。
「何が目的?」
「私をここから出してくれたら教えて上げる」
「ほんとに?ここに入るのがあなたの目的だったんじゃないの?」
「ねえ誰かいないのー。名探偵気取りの頭のおかしい女が脱走してるよー」
「私はずっと見てるから。あなたが寝ている時もクソしてる時もずっと見てるから」
「あんたマジで病院で診て貰った方が良いよ。それともお薬飲み忘れた?」
「彼はどうしたの?何で私のことを忘れていたの?私の顔を忘れるなんて絶対にありえないでしょ。すれ違っただけでも一生覚えていてもおかしくないのに。ねえ、彼に何をしたの?」
「知らないわよ。あの子が何処で何をしていたかなんて。私はあそこで初めて会ったんだから」
嘘だ。こいつは嘘を吐いている。間違いない。私のファーストキッスを掛けてもいい。
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