第15話 侮辱

 俺は怒りのあまり拳を握り締めることしかできなかったが、そんな俺のことなど気にせず信楽は話を続けた。


「こんな役にも立たなそうな女が恋人で恥ずかしいとは思わないの!? 僕だったら恥ずかしすぎて生きていけないかも!」

「なんだと……!?」


 俺はその言葉を聞いて怒りが頂点に達しそうになるものの、なんとか耐えることに成功した。しかし――それでもなお俺の怒りは収まることはなかった。なぜなら、れのちゃんのことを馬鹿にされたことに対して、激しい憤りを感じていたからだ。


 そして次の瞬間――俺の中で何かがプツンと切れる音がしたかと思うと同時に、理性を失ったことで俺は無意識のうちに信楽の胸ぐらを掴んで壁に押し当てていた。


「やれるものならやってみろよ……」


 信楽は苦しそうな声を上げていたが、それでもなお俺は力を緩めることなく締め上げていく。その様子を見ていたれのちゃんが慌てて止めに入ってきたことで、なんとか冷静さを取り戻すことができたものの、怒りはまだ収まっておらず、今すぐにでも信楽を殴りたい衝動に駆られていた。しかし、ここで暴力沙汰を起こすわけにはいかないと考えた結果――仕方なく掴んでいた信楽の胸ぐらから手を離した。


「ゲホッ……ゴホッ……」


 解放されたことで呼吸を整えている様子の設楽だったが、俺はそんな奴を冷たい目で見下しつつ、口を開くことにした。


「二度と俺たちの前に現れるな!」

「はいはい、わかっりましたよ~だ!」


 信楽はそう言い残した後で、俺たちの前から姿を消した。俺は安堵のため息をつくことになったのだが――その直後、れのちゃんが俺に抱きついてきたため驚いてしまった。


「大丈夫ですか? 坂柳さん……」

「うん。大丈夫だよ……」


 俺はれのちゃんのことを安心させるために頭を撫でてやった後、優しく抱きしめてあげることにしたのだった。


 家の中に戻った俺たちは、ソファーに座っていた。


「それにしても、さっきの坂柳さんはちょっと怖かったです」

「ごめん……」

「さっきの人が坂柳さんと知り合いなのは、見ていてわかりましたが……」


 俺はれのちゃんの目を見て謝罪の言葉を口にした後、続けてこう告げた。


「星宮さんが止めてくれなかったら……俺はきっとアイツを殴ってたと思う」


 れのちゃんは少し考えた後で、納得したように頷きつつ、口を開いた。


「確かに暴力はいけないことですが……それでも私は嬉しかったです」

「え?」


 予想外の返答に戸惑っていると、れのちゃんは話を続けた。


「だって、それだけ私のことを大切に思ってくれてるってことですよね?」

「まあ、そうだけど……」


 俺は照れながら答えると、れのちゃんは嬉しそうな表情を浮かべて俺の腕にしがみついてきたため、俺はドキッとすると同時に照れくさくなって顔を背けてしまった。しかし、それでもなおれのちゃんは全く離れようとしないどころか、むしろ更に強く腕にしがみついてくる始末である。


(ああ、もう……可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい!!)


 俺は心の中で叫ぶことでなんとか理性を保つことに成功したものの――このままでは本当にどうにかなってしまいそうだったので、話題を変えることにした。


「あのさ……星宮さんは俺のことどう思ってる?」


 俺がそう質問すると、れのちゃんは首を傾げつつ答えてきた。


「どうって……?」

「その……好きかどうかってこと……」


 俺が恐る恐る質問すると、れのちゃんは少し考える素振りを見せた後――ゆっくりと口を開いた。


「もちろん、大好きですよ」

「そ、そっか……」

「はい!」


 れのちゃんは満面の笑みを浮かべながら答えた後、続けてこんなことを言ってきた。


「でも、どうしてそんなことを聞くんですか?」

「……なんとなく気になったんだ」

「そう……ですか……」


 れのちゃんはどこか寂しそうな表情を見せた後で俯いてしまったため、俺は慌てて話題を変えることにした。


「そんなことより……今日、良かったら泊まってく?」

「え?」


 突然の申し出に対して、驚いた様子を見せたれのちゃんだったが――すぐに笑顔になって答えた。


「いいんですか!?」

「もちろん!」

「ありがとうございます!」


 れのちゃんは嬉しそうに微笑むと、俺の体にギュッと抱きついてきた。その仕草がとても可愛らしくてデレデレになった俺は、しばらく何も言えなくなってしまうのだった――。

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