第13話【違う。そこじゃない】

 ラブコメに限らずヒロインの大胆なイメチェンは、時にキャラクターの人気争いに大きな変化をもたらす。

 それまで地味な印象で下から順位を数えた方が早いヒロインだって、ほんの少し外見をいじるだけで上位陣に下剋上げこくじょうだってできてしまうのだから面白い。


「委員長おはよう! ねぇねぇ! 眼鏡どしたの!?」


 休み明けの学校にやってきた委員長の明らかな見た目の変化に、ひなきのみならず教室にいた誰もが驚きでざわついた。

 自分の席に座る委員長の元へ俺たちが駆けつけると、柔らかな表情で挨拶した。


「皆さんおはようございます。ちょっと気分転換にコンタクトにしてみたのですが......やはりおかしいでしょうか?」

「そんなことあるわけないじゃん。めちゃめちゃ似合ってる♪ ねぇ大原おおはら?」

「ん? ......ああ、そうだな」

「え、それだけ? もっと何か言うことあるんじゃないの~?」

「似合ってるよ」

「雑か!」


 ひなきにパーン! と背中を叩かれ若干膝が折れた。


「あ、ありがとうございます」

「委員長、絶対こっちの方が似合ってる。でもなんでまた急にコンタクトに?」

「以前からしてみたいとは思っていたのですが、なかなか踏ん切りが起きなくて。この際良い機会ですから思い切ってイメチェンしてみました」


 目を細めいろんな角度から委員長を見定めるこのちゃんに、委員長は照れながらも答える。

 三岳みたけも委員長のイメチェンには気に入ったらしく、納得したように頷く。

 

「もともと委員長は素材自体もいいんだし、これがきっかけで男子からの見る目が変わったりするかもな」

「いえいえそんな。それに私はそういうのに興味は――」


 と言って委員長は俺をちらと見て、目が合うと首をぶんと逆方向に振って視線を外す。分かりやすっ!


「興味よりも、私はちょっと皆さんにお願いしたいことがあるのですが」

「うんうん。なんだい?」

「その......私のことは委員長ではなく、『睦月むつき』と呼んでいただいてもよろしいでしょうか」

「もしかして委員長呼び、嫌いだった?」

「いえ、そういうわけでないのですが」


 もじもじと肩を揺らし、委員長......じゃなかった、睦月星羅むつきせいらは上目遣いで言葉を続けた。


「名前の方が皆さんとの距離を近くに感じらると言いますか」

「じゃあせっかくだしあだ名呼びにしようよ。例えば名前が『睦月星羅』だから『むっきー』とか」

「ひな、相変わらずネーミングセンスが終わってるね」

「さすがに『むっきー』はちょっと......」

「ですよね......あはは」


 あはは、じゃねぇよ。でもそんなネーミングセンスが残念な推しが俺(中の人)は大好きである。 


「とりあえず一旦は睦月呼びでいいんじゃねぇの。そこから何か良いあだ名が思いつけば各自発表ってことにして」

「いいね三岳。二人とも、ひなの『むっきー』を軽く超えるあだ名、楽しみにしてるよ」

「こぉぉぉのぉぉぉ」

「ふぅもお~いひんなほぉ~ふぃふぁ~」


 ディスられた仕返しにとひなきはこのちゃんの頬をむにむにと撫でまわす。

 その突然の変顔に睦月やひなきだけでなく、普段あまり表情を崩すことのない三岳からも笑いが起こった。  


 ......一見和やかに見える朝の教室でのワンシーン。

「大原くん」としての俺は表面上笑ってはいるが、内心、中の人の胸中はそれどころではなかった。

 何故なら俺が知っている歴史では、睦月が眼鏡からコンタクトに変えたのは、俺が死ぬ間際に読んだ原作小説・最終第6巻での出来事なのだから......。

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