第5話【ヒロインが最低三人はいるとアニメ化しやすいらしいって、昔おばあちゃんが言ってた】


「杉口君と水樹君、1分遅刻ですよ」


 昼休み後の5時間目。

 直前までひなきに捕まり、もとい昼食を共にしていたが、どうにか移動教室の時間前には滑り込みで間に合った。

 しかしクラスメイトの男子二名がわずかに遅れてしまい、委員長に吊し上げをくらっていた。


「へいへい」

「いいじゃねえかよ一分くらい」

「いいえ、良くありません。他のみんなも今日は間に合ったからいいけど、全体的にやってくるのが遅すぎです。五分前行動を心掛けるよう、私、今朝のホームルームでも言いましたよね?」


 委員長こと睦月星羅むつきせいらの厳しさに、クラスメイトたちからは「やれやれまたか」といった表情が露骨に見えた。

 眼鏡めがねの奥の鋭い眼光はひそひそと委員長の悪口を言う一団に飛び、黙らせる。

 誰も言い返さないのはクラスに彼女と親しい人間がいないからというのもあるが、この手のタイプは絶対に自分の非を認めようとしないと思っているのか。ただ一刻も早く終るのを待つばかり。

「あの~睦月さん? その辺にしておいてもらってもいいかな。そろそろ授業を始めたいのだけど」

「......失礼しました」


 教職二年目の我らが担任の山ちゃん先生にもさとされ、睦月は自分の席に腰を下ろした。


 ひなきに名前呼びされるようになった今、次に俺が行うべきミッションは、この堅物の委員長様を攻略し、俺とひなきとこのちゃんのグループに入れること。そして。


「おおこわっ。相変わらずピリピリしてんな委員長。お前もそう思うだろ?」


 妙に俺の隣で慣れ慣れしく小声で話しかけてくるイケメンの『三岳魁みたけかい』も委員長様の攻略特典として一緒に招き入れること。

 ひなき・このちゃん・睦月・三岳、そして俺こと大原くんの五人が揃ってこそ初めて、この『大原くん』の物語が始まったと言えよう。


「仕方ないだろ。怒られるような行動をしたあいつらが悪い」

「でも周りはそうは思ってないっぽいぜ」

「まあ確かに」

 

 なんというか、睦月に対する他のクラスメイトからの視線が入学二日目にしてもう既に厳しい。

 俺は直接はまだ見ていないんだが、原作情報からによると、彼女も俺たちと友達になる前は当然教室内でぼっち飯だったそうだ。


「ところで大原、だっけ。千部咲ちぶさきとは知り合いなのか」

「知り合いというか、彼女は風宮かざみやの友達なだけで特に俺とは」

「じゃあ風宮とは友達なんだな」


 三岳の質問に言葉を詰まらせ、首を傾げる。


「友達、なのか?」

「俺が訊いてんだよ。お前、面白い奴だな」


 鼻を鳴らし、三岳は黒板の方に一旦視線を戻した。

 急にどうした? と思った俺の背中に丸め込められた小さな紙のかたまりが当たった。

 その飛んできた方向を見ると、ひなきが机の下からこちらに手を振り......じゃない、指を何やら正面に指していた。その先にいた相手は。


「............」


 結構なひそひそ声で話していたうえに、ここから睦月のいる場所は5メートル以上は離れた席。なのに気付くとか地獄耳すぎんだろ睦月星羅!

 女性からさげすみの目で見られるのには慣れていても、あの眼鏡越しにこの世のもの全てを憎むような圧のある眼光で見られるのは、決して良い気持ちはしない。

 睦月にバレないようひなきに「サンキュー」の意味で机の下から手を振り、ノートを書くフリを始めた。


「さっきは助かったよ。ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 移動教室の授業終わり。

 戻る前に下駄箱近くに設置された自販機で飲み物を買いたいと言い出したひなきに付き合った。


「ひな、買わないの?」

「あー、うん。ええと......それがですね」


 このちゃんの問いにひなきはこめかみを掻きながら、言いづらそうに視線を彷徨わせた。


「もしかしてお金無いんでしょ」

「おっしゃるとおりです! この様!」

「何で俺たち誘った!?」

「だってほら~、人に直接「お金貸して!」って言うの勇気いるじゃん? これなら自然な流れでジュース代借りられるかな~と思って」

「全然自然じゃないどころかがっつり計画的だろ」


 推しが恥ずかしがってもじもじする仕草、これだけでご飯三杯は軽くいける。


「私、前回ひなに貸した千円、まだ返してもらってない。だからダメ」

「ぐはっ! ......というわけだから大原、五百円貸して?」

「しかもなぜ五百円?」

「いいよ貸さなくて。ひなは一度貸すと最低でも二週間は返ってこないから」

「私にもいろいろと事情があるの! ねえ~いいでしょ~? 私と大原の仲じゃ〜ん」

 

 ――推しは推せる時に推せ。

 この名言を思いついた人間に、感謝の気持ちを送りたい。 

 無論、本来の大原くんの意向じゃなかったとしても俺は推しからのこの程度のお願いを断るつもりは一切なく。


「......千部咲さん優先でいいから、なるべく早く返せよ」

「わーい! ありがとう大原ー! 持つべき者はやっぱり友達だね!」

「どうしよう......大原君がひなのパパ活相手になっちゃった」

「真剣に悩んでるところ申し訳ないけど、パパ活ってそういう意味じゃないからな」


 いや待てよ?

 俺の本当の年齢とだったらパパ活になるのか?

 五百円玉ごと手を握ってくるひなきにドキっとしながらも、このちゃんへのツッコミを

忘れない。本当は五百円と言わずもっとたくさん課金したいところなんだが、残念ながら向こうの世界の貯金までは異世界転生できなかったのでどうかこれでご了承願いたい。


 いやー、人生二度目のスクールライフを推しの女子と一緒に送れるなんて最高だな。

 時間が許させるならこうして三人でいつまでも自販機の前で駄弁だべっていたい。

 でもそんな気分に水を差す事件が教室に戻ったら控えていると思うと、ちょっと気が重たいわけで......。

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