第36話 琴音のきもち。

 

 翌日は休みだったので、凛と病院にいくことになった。


 あの後、足首が腫れてきたので、雫さんにみせたところ、念の為にレントゲンを撮ってもらった方がいいとのことだった。


 俺の中では、親が医師だったら病院に付き添って、いい具合に話をつけてくれそうなイメージだったが、実際には同業者ということは言いたくないものらしい。


 そういう訳で、今日の付き添いは俺だけだ。


 なんだか、昨日から凛の甘えっぷりがひどくなってしまった。待合室では、ずっと俺にくっついてくる。


 そして、目が合うと、凛は、はにかんで目を逸らす。きっと、昨日のこともあるし、少し心細いのもあるかもしれない。


 レントゲンを撮ってもらったが、骨折はしていないとのことだった。だが、捻挫が酷いので、しばらくは無理をしないようにと言われた。


 大怪我じゃなくて良かった。


 家に帰ると、凛と2人だった。


 凛には座っててもらい、俺がコーヒーを淹れた。マグカップで両手を温めながら、凛がいった。


 「昨日は本当にありがとう。怖かったけれど、蓮くん来てくれるって信じてたし、嬉しかったよ。あとずっと背負ってくれて、男の子なんだなって思ったよ」


 なんだか全幅の信頼を得たようだ。そんなに信じられてもちょっと困るのだけれど。


 凛は続けた。


 「それで、何かお礼をしたいのだけれど、わたしにできることない?」


 お礼で要求することと言えば、おれには一つしかない。


 「パンツ。……凛のパンツがほしい」


 即答で断られると思った。

 しかし、違った。凛は1分ほど黙ると下唇を噛んだ。そして、耳まで真っ赤にして頷いたのだ。


 「……命の恩人だし、いいよ」


 しかもだ。

 俺は、てっきり部屋から洗濯済みを持ってきてくれるのかと思ったが、その場で、もぞもぞと脱ぎ始めたのだ。


 この勘違い、敢えて訂正する必要はないよね?


 凛はボソボソと何か言っている。


 「……こんなことになるなら、こんな使い古しじゃなくて、もっと可愛いの履いとけばよかった……」


 いやいや、むしろ古いことはご褒美なんですが。


 「……どうぞ」


 凛は、下を向いて顔を真っ赤にしながら、脱ぎたてのパンツを両手で渡してくれた。パンツはまだ温かかった。


 ついに手に入れたぞ!!


 しかも、本人同意の合法的入手だ。


 凛が聞いてくる。


 「でもね。そんなのもらってどうするの?」


 俺は容赦なく答える。だって、これは今は俺の所有物なのだ。どう扱おうが自由なはずだ。


 「そんなの決まってるじゃん。見たり嗅いだりするんだよ」


 すると、凛は無理をして立とうとする。


 「ちょっと、そんなの聞いてない……!」


 それがパンツの正しい使い方だろ。何言ってるんだコイツは。でも、少しだけ情けをかけてあげるか。


 「じゃあ、自室で思う存分嗅がれるのと、いま嗅がれるだけにするのどっちがいい?」


 凛はスカートの裾を掴んで考えている。

 明らかにどちらもイヤそうだ。


 「……いま」


 ふふっ。勝った。

 俺は、最初からずっとこのスタンスだからな。今更、これで嫌われることはないだろう。


 「……恥ずかしすぎて死にたい。きっと汗臭いよ。そんなの」


 凛が何か言ってるが無視だ。


 では、遠慮なく。


 ……おそるおそる嗅いでみる。

 すると、凛から時々する甘ったるい香りが、ずっとずっと凝縮されたような匂いがした。例えるなら、高級な花束とか、ムスクの香りに近い。


 正直、驚きだった。

 洗剤の匂いとも違うし、凛の体臭だよね? これ。


 体臭がこんなに良い匂いって、驚きしかない。


 そして、その直後、俺は下半身に身体中の血液が集まるような感覚に襲われた。この香りには媚薬的な効果があるのだろうか。


 自分の身体の声がきこえる。おれの肉体は確実に凛と目合まぐわいたがっている。これはやばい。これ以上嗅いでいると、家庭内性犯罪をおかしてしまいそうだ。


 俺はパンツを遠ざけた。


 すると、凛は何故か心配そうな顔になった。


 「……嫌いな匂いした?」


 俺は首を横に振った。


 「いや、好きな匂いすぎて、色々と我慢できなくなっちゃいそうだから」


 すると、凛は俯きながらも、少しだけ嬉しそうに見えた。



 ……ちなみに。このパンツは後日、親父に発見され、説教された上に、凛に返却されたのだった。

 

 さらば御神体。





 次の日、学校にいくと琴音がいた。

 凛はああ言っていたが、やはり気が済まない。


 少なくとも、どういうつもりだったのかを聞きたい。


 なんか今日はいつにも増して、琴音がこちらをチラチラと見ている。琴音に声をかけようとすると、向こうからこっちに来た。


 そして、開口一番、琴音は頭を下げて凛に謝ったのだ。


 「一昨日はごめんなさい!!」


 教室がざわっとして、クラス中の視線が一斉にこちらに集まった。


 凛は「気にしてないから大丈夫」と言った。これ以上、琴音を追求すると、凛の立場が悪くなってしまいそうだ。


 俺は、空き教室に琴音を呼び出した。


 ここには2人だけだ。色々と話しやすいだろう。


 俺は琴音に問い詰めた。語気が強かったのか、琴音は萎縮している。


 「お前さ。まじでなんなの? 凛に嫌がらせして楽しいのかよ!!」


 すると、琴音は半べそになって反論した。


 「ちがうし。ウチ。神木がどんなこと好きかとか知りたかっただけだし。凛ちゃんに聞けばわかると思ったんだもん……」


 ウチ? 


 こいつ、いつの間にか、一人称変わってるな。なんか馴れ馴れしいんだけど。


 「は? 何意味のわかんないこと言ってんの? 知りたけりゃ、俺に直接聞けばいいだろ。凛を巻き込むなよ」


 俺はイライラがピークに達した。


 琴音は、えずくように肩を震わせながら、小声で言った。


 「だって、しょうがないじゃん。ウチ、さやかに意地悪して神木に嫌われてるし、合わせる顔ないし、しょうがないじゃん……。神木のこと好きになっちゃったんだから、しょうがないじゃん……」


 すると、琴音は本泣きになってしまった。涙をボロボロと流して、両手で涙を拭っている。


 琴音は、ひっくひっくしながら、その場に座り込んでしまった。


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