6. 陰膳のグラス
へ……?
ソリスはただポカンとその情景を眺めていた。
二人が潰されたことを理解できない、いや、認めたくなかったのだ。
二十数年間苦楽を共にしてきた二人が、あっさりと目の前でこの世界から消えてしまうなんて、到底認めるわけにはいかない。
後ろには倒れて動かなくなっている二人。向いてはいけない方向に手足が伸びているさまにソリスは真っ青になる。
あぁぁぁぁ……。
絶望の中、必死に何とか自分を制そうと必死に奥歯をかみしめるソリス。
ケガで気絶しているだけであればまだ復活できる! その
ニヤニヤしながら棍棒を振りかぶる
ソリスは左右に軽くステップを踏み、振り下ろされてくる棍棒をギリギリのところでかわすと、そのまま床に転がってキラキラと輝いている帰還石を思いっきり踏み抜いた。
パリン……。
軽い破砕音が部屋に響いた直後、ブワッとソリス達三人の身体が黄金色の輝きに包まれる。
直後、ふっと景色が変わった――――。
よ、よしっ……。
そこは見慣れたダンジョン入り口だった。
足元に横たわるフィリアとイヴィットは白目をむき、口から泡を吹いている。
マズいマズいマズいマズい……。
ソリスはポーションを取り出すと二人の口に注いでみるが、痙攣するばかりで飲んでくれない。
「くぅ……、誰か……、誰かヒールを!!」
ソリスは辺りを見回しながら叫んだ。
そこに通りがかる冒険者パーティ。
「お願いします! いくらでも払いますから今すぐにヒールを!! 友達が死んじゃうんです!!」
ソリスは青いローブをまとった女僧侶に駆け寄ると頭を下げ、必死に頼む。
女僧侶はメンバーの顔を見回し、うなずくと二人の元へと走った。
しかし、二人の様子を見た女僧侶はギョッとして後ずさり、申し訳なさそうに首を振る。
「そんな! かけがえのない友達なんですぅぅ!!」
泣いてすがるソリス。
しかし、女僧侶は大きくため息をつくと、毅然と言った。
「もう、お二人はここにはおられません。残念ながら
両手を組み、二人に祈りをささげる女僧侶。
い、いやぁぁぁぁ!
ソリスは絶叫して、地面に崩れ落ちた。
かけがえのない友をあっという間に失ってしまった。二十数年間、苦楽を共にし、まるで自分の一部のようにまでなっていた友人が、二人ともただの肉塊へと化してしまった。自分がバカな提案に乗ったから、自分が前衛としてふがいないから二人を失ってしまったのだ。
ソリスはまだ温かい二人の骸を抱きしめ、その身を血に染めつつ、止まらない涙をただポタポタとこぼし続けた。
◇
参列者もまばらな葬儀を終え、しばらく死んだように眠り続けていたソリス。
ようやく起き出して、カーテンを開ければ穏やかな春の日差しが差し込んでくる。
三人で一緒に暮らしていた、にぎやかだったシェアハウス。今では静まり返り、見るもの全てが涙を誘ってしまう。
時間をかけてゆっくりと顔を洗い、久しぶりにコーヒーを入れたソリスだったが、間違えていつも通り三杯入れてしまい、ガックリとうなだれた。もう飲む人のいないコーヒー。一体これからどうやって生きて行けばいいのだろう?
コーヒーカップの水面には、げっそりとやつれた中年女性のうつろな目が映っている。
そう……よね……。
ソリスは静かにうなずいた。
見回せば、彼らが使っていた服も毛布も食器も、棚に並べられた小さな人形たちも今では持ち主を失い、色あせてしまっている。
ソリスは頬をパンパンと張ると、それらをどんどんと大きな袋へと突っ込み、ゴミ捨て場へと持っていった。何往復しただろうか? 袋に詰めるたびに思い出が一つ一つ湧き上がる。激しい胸の痛みに耐えながら、思い出の詰まった袋を引きずるようにしてゴミ捨て場に運ぶ。
大家には退去を申し出て、ソリスは自分の持ち物すら全部捨てていった。そう、明日、
昔お祝いにもらったティーカップなど、換金できそうな物は中古屋へ持ち込んで小銭に変えていく。
帰りに魔道具屋へ行ったソリスは、全財産をはたいて増強ポーションを買いあさった。もう全てを明日の一戦に賭けるのだ。出し惜しみして死んだら意味はない。
夕暮れ時、家具も何もなくなったがらんどうの狭いシェアハウスでソリスは大の字になって床に寝そべった。
十数年の時を共にしてきたこのシェアハウスともお別れである。明日、弔い合戦をやる。その決意を再確認すると、グッと右手を伸ばし、薄暗い天井に浮かぶ見慣れた不思議な木目模様に向けた。
最後の晩餐――――。
ソリスは少しオシャレなレストランに入ると、無理を言って三人の席を用意してもらい、陰膳には少しだけ料理を乗せてもらった。
「明日、
涙が頬を伝い落ちる中、ソリスはリンゴ酒のグラスを優しく陰膳のグラスと静かにチン、チンと触れ合わせる。
その夜はフィリアと初めて会った時のこと、イヴィットと取っ組み合いのけんかをした時のこと、三人で飲みすぎて潰れて盛大に怒られた時のことを一つ一つ丁寧に思い出しながら、それぞれの陰膳に声をかけていった。
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