死神霊子は僕にだけ冷たい
高校2年になり、新しいクラスになる。大半があまり馴染みのない生徒のクラスで、僕はうまく馴染めるのか少し不安になった。
そんな僕の隣の席には、黒髪ロングの、不思議な雰囲気の女の子が座っている。
「
クラスの初日、彼女はそう言って僕に笑みを浮かべた。
彼女の名前は
「
昼休み、中学からの友達である
「篠上さんって、どんな人なの?」
弘人は1年の時に篠上さんと同じクラスだったため、話を聞いてみることにした。
「明るくてよく気が利く子だよ。1年の時は男女関係なく人気
「ただ?」
弘人の言い方が気になり、思わず聞き返す。
「いろんな噂があってな。中学の時、付き合ってた人が事故で長い間入院することになったことがあったらしいんだ。その次に付き合った人も突然病気になって何ヵ月も入院する羽目になったんだって」
「……たまたまじゃないの?」
「最近だと、去年告白した俺の友達の家が火事になったんだ。幸い大したことはなかったけど、『あいつにかかわったからだ!』なんて大騒ぎしてたな」
「そんな無茶苦茶な……」
「特に同じ中学の男子は、篠上さんにはあまりかかわらないようにしている。彼女にかかわるとろくなことがない。そういうわけで、その男子の間で付けられたあだ名が、『死神霊子』だとか」
あまりにひどいと思った。たまたま不幸があったからって、そんな人のせいにするようなあだ名をつけるなんて。
「俺も信じてないけどさ。でも、あまりに事例が多すぎるんだ。もし本当だったらって、俺でも怖くなるよ。だから、お前もあまり深くかかわらないようにしたほうがいいぞ」
そういうと弘人は時計をちらりと見て、「そろそろ行くわ」と片付け始めた。
改めて見ると、篠上さんの方をちらちら見てこそこそ話している人もいた。事情を知っている人は篠上さんを避けているようだ。オカルトチックな信じて人を傷つけるなんて、どうかしていると思った。
ある日、2限の数学IIの授業が始まる直前、篠上さんが数学Bの教科書を取り出して「あっ」と声をあげているのを見かけた。教科書を間違えたようだ。そうこうしていると始業のチャイムが鳴った。
「教科書、忘れたの? 見せてあげようか?」
そういうと、篠上さんはきょとんとしながら頷いた。
「……ありがとう」
僕は席をくっつけて教科書を広げた。
それからも、篠上さんが困っている時に僕が手伝うことがたびたびあった。最初は「ありがとう」と笑顔を見せてくれたが、次第に笑顔がなくなり、お礼も言わなくなっていった。
1学期が始まって1ヶ月が経ったある日のこと。篠上さんが運ぶノートを、僕が半分持って職員室へ向かっていた時だ。僕を見て彼女は一瞬驚いた顔を見せ、突然不機嫌になった。
「……終わったんだったらさっさと教室に戻って」
そう言って、彼女は教室に戻ってしまった。
それからというもの、篠上さんは助けようとする僕に冷たい態度をとるようになった。教科書を忘れたときも、「いい。金子さんにお願いするから」と断られる。話しかけようとすると一瞬僕をにらみつけ、女子グループと笑顔で会話を始める。そこに割り込んでくる男子とは、普通に話している。
「嫌われるようなこと、してたかな……」
そっけない態度を取り続ける篠上さんに、少しだけ落ち込んでしまった。
雨が降り続いたある日、僕は弘人としばらく教室で宿題をしていた。しかし、一向に雨が止みそうにないため、ほぼ宿題が終わったところで切り上げることにした。弘人は用事があるからと先に教室から出た。僕は宿題を最後まで終わらせ、戸締まりをして教室を後にした。
階段を降りる途中、ドスドスと嫌な音が下から聞こえた。何事かと思い慌てて降りると、篠上さんが足を押さえてうずくまっていた。
「し、篠上さん、大丈夫? すぐに保健室へ……」
僕が手を貸そうとするが、篠上さんは僕の手を振り払う。
「だ、大丈夫、自分でいけるから……っ!」
篠上さんはそう言うものの、とても自力で立ち上がれそうにはない。それに、放課後で周囲には誰もいない。
「無理しないで。ほら、つかまって」
「やめて、触らないで!」
それでも助けを拒むので、僕は無理やり彼女に肩を貸して立ち上がらせた。
必死に抵抗しようとするが、足が痛むのかすぐにおとなしくなる。保健室に向かう途中も、
「あんたなんか嫌い! セクハラよ!」
などと罵声を浴びせてきた。
「篠上さんが僕のことをどう思っているか知らないけど、困っている人を助けないわけにはいかないだろ!」
そういうと、観念したように彼女は黙り込んだ。
保健室の近くに来ると、僕たちの話を聞いていたのか、保健室の先生が待っていた。
「篠上さん、階段から落ちて怪我をしたみたいなんです」
先生に事情を話して彼女を預けたあと、僕はいない方がいいだろうと思ってその場を後にした。
それにしても、どうしてこんなに冷たくされるのだろう。次の日からも、隣の篠上さんが気になって仕方なかった。家に帰っても、休み時間も篠上さんのことを考えるようになり、もやもやした気持ちのまま日々を過ごした。
そんなある日、外が暑くて日が落ちるまで教室で宿題でもしようと道具を取り出すと、母から電話がかかってきた。
「幸也、すぐに帰ってきなさい!」
すごく慌てた声だったので、すぐに片付けをして家に向かう。そして、衝撃的なことを聞かされた。
ショックをうけながら布団に入り、今の状況を整理する。
「ああ、この気持ちは、やっぱり……」
僕はひとつの決断をした。
次の日、帰りのホームルームが終わるや否や、僕は篠上さんに声をかけた。
「篠上さん、話があるんだ。一緒に来てくれない?」
しかし、彼女の態度はそっけないものだった。
「……話すことなんてない」
そそくさと帰り支度をしようとするが、そう言われて引き下がるわけにはいかない。
「大事なことなんだ。一緒に来て!」
僕は彼女の手を掴み、無理やり教室の外に連れ出した。
「ちょ、ちょっと、田崎君?」
そのまま廊下を走り、誰も使っていない教室に篠上さんと一緒に入った。
「はぁ、はぁ、い、いきなりこんなところに連れてくるなんて、最低ね!」
息を切らしながら篠上さんは罵倒してくるが、関係ない。
「……話って何よ。私のこと、知ってるでしょ?」
「うん、篠上さんにかかわると、不幸になるって。でもそれはたまたまだよ。現にクラスの男子も女子も、篠上さんに話しかけているし、彼らが不幸になったなんて話は聞かない」
少なくとも直接聞いたことはない。君は死神なんかじゃない。そう説得しようと思ったが、篠上さんは首を横に振った。
「違うの、仲がいいだけなら問題ないの。不幸になっているのは……」
一呼吸して、彼女は続ける。
「私のことを好きになってしまった人なの。だから……私にはかかわらないで!」
篠上さんは、今にも泣きそうになりながら言った。
「そうなんだ。でも、だとしたら、もう手遅れだよ」
「えっ……?」
そして、昨日起こったことを彼女に伝えた。
「昨日、父の会社が倒産したんだ。僕は退学して、働かないといけなくなった」
「そんな……」
先ほどまでのツンツンとした顔が、一気に青ざめる。
「まさか……私のせいで?」
「多分関係ないよ。もう不幸は起こってしまった。だから、もう君に僕の思いを伝えようと思う。」
篠上さんの近くに向かうと、彼女の肩が震える。
「……やめて」
「篠上さん、僕は……」
「……やめてよ……」
「僕は君のこと……」
「それ以上言わないで!」
「……君のことが好きだ」
僕が最後まで言い終わると同時に、彼女は膝から崩れ落ちた。
「……どうして……ちゃんと嫌われるようにしてたのに……田崎くんだけは不幸にならないようにって……なんでいつも優しくしてくれるの? こんなことなら、最初から冷たくすればよかった……」
「……やっぱりそうだったんだね」
僕はしゃがみこんで篠上さんと目線を合わせようとする。彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「田崎くんが……好きな人が不幸になっちゃう……いやだ、そんなのいやだよ……」
「もう不幸なことはあったよ。それに、これからさらに不幸があるとすれば、それは……」
僕は篠上さんに優しく抱きついた。
「今の幸せの前借りを返しただけだ」
ここには死神なんていない。いるのは、僕の好きな女の子だけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます