あの時助けてくれた人
クリスマスまであと二週間を切った頃。秀明からメッセージが届いた。『ちょっと相談がある』の一言だけ。
翌日時間を取り、会うことになった。彼と前回最後に会ったのは真夏だった。すっかり寒くなったなと改めて寒さを感じながら待っていると、一人の若い男性が声をかけてきた。いわゆるナンパだ。無視して弟を待っていると、一人の女性が駆け寄ってきた。
「ごめんね。待った?」と見知らぬ彼女は言う。誰かと間違えているというわけではなく、恐らく助けてくれたのだろうと察して彼女に話を合わせてその場を去ろうとしたが、ナンパ男は「連れの子も一緒にどう?」なんて言って彼女の腕を掴んだ。その瞬間、男の身体が弧を描いて宙を舞った。
「……は?」
地面に叩きつけられた男性は何が起きたのかわからないというように素っ頓狂な声を漏らす。そんな男性を見下しながら彼女は一言。「触んな雑魚」と。中指を立てながら。男性はしばらく固まったあと顔を真っ赤にしながら「誰がお前みたいなブス相手にするかよ!」と、なんとも情けない捨て台詞を吐いて逃げていった。
「ああ!? どっからどうみても可愛いだろうが! てめぇの目は節穴か!?」
ブスと言われたのがどうしても気に食わなかったのか、女性はキレながら男性を追いかける。男性は振り返り「なんで追いかけてくるんだよ!?」と叫んだ。彼女は獣のような速さですぐに追いつき、男性を捕まえるとしばらく何かを話して、満足したように戻ってきた。
「大丈夫だった?」
「あ……はい……」
以前も似たようなことがあった気がする。可愛くてめちゃくちゃ強い女の子が助けてくれた。あれはいつだったかと記憶を辿っていると、彼女のカバンについていたぬいぐるみが主張するように揺れる。クマのぬいぐるみ。妹達も同じものを持っていた。クロッカスというバンドのマスコットキャラクターだ。そのぬいぐるみをみて思い出した。
「あ! 思い出した! 一条実のファンの人!」
「あ?」
彼女は高一の頃、痴漢して逃げた男を捕まえてくれた女性だ。あの時のお礼を改めて伝えると、彼女は「あー、どうも」と苦笑しながら頭を掻いた。明らかに覚えていない反応だ。あの時も今日も自然と助けに入ってくれた。恐らく、普段から当たり前のように人助けをしているのだろう。カッコいい人だと尊敬の眼差しを向けていると「あなた、また暴れたの?」呆れるような女性の声が聞こえてきた。「暴れてねえよ」と、彼女がその声に返事をする。振り返るとそこに居たのは見たことある女性。彼女がファンだと言っていた一条実さんによく似ていた。実さんによく似たその人は、私に気づくと牽制するように「この人、私の連れなの」と彼女を抱き寄せる。抱き寄せられた彼女は何か言いたいたげに彼女を見たが、仕方ないなというようにため息を吐いてから、彼女には何も言わずに私に視線を戻して言った。「内緒な。この人一応、芸能人だから」と。ということは彼女は一条実本人ということだろうか。
「あの、妹達がファンで。私も何回かライブに行ったことあります。応援してます」
「……ああそう」
塩対応だ。しかし彼女は普段からこんな感じだ。むしろあれはキャラではなく素でそんな感じなのかと感動してしまっていると「ありがと」と小さくこぼした。お礼を言われるとは思っておらず、驚いてしまう。実さんの連れの女性もニヤニヤしながら彼女を見ていた。
「い、行くわよ満(みちる)」
「へーい。お姉さん、これからもこの人のこと応援してやってね。この人、塩対応だから態度悪いって勘違いされがちだけど、ただ単に反応に困ってるだけだから。ツンデレなだけだから」
「う、うるさい! 余計なこと言わないで!」
「余計なことじゃないだろ別に」
「余計なことよ。馬鹿」
「え? 可愛いって?」
「言ってない」
「言えよ」
「言わない」
「ほんっと素直じゃないなあんた。かーわいい」
「はぁ……ほんっとうるさい」
なんて言い合いながら二人は去っていく。連れだと実さんは言っていたが、あれは多分恋人だ。私の勘がそう言っている。一条実さんに女性の恋人が居ることはファンの間では周知の事実だ。
「姉さん」
二人が見えなくなったところで、タイミングを見計らったように秀明が声をかけてきた。見計らったように、ではなく、実際に見計らっていたのだろう。
「今の人、知り合い?」
「いや、知り合いというか……前に、痴漢捕まえたときに協力してくれた人。向こうは全然覚えてなかったみたいだけど」
「ふぅん……痴漢ねえ。姉さん、人助けは良いけど……あんまり、危ないことに顔突っ込まないでね」
複雑そうに彼は言う。何かあったのだろうかと聞くと、彼は俯いて答えた。「覚えてない? 父さん、子供助けようとして車に惹かれたでしょ」と。
「……ああ。そうだったな」
「うん。……人を助けようとして事件とか事故に巻き込まれないでね」
「……ああ。気をつけるよ」
「うん。……ごめん。この間、父さんの夢見てさ。ちょっと……思い出しちゃって」
「クリスマス近いもんなぁ」
私にとってクリスマスは家族と過ごす特別な日。そして、両親を偲ぶ大事な日でもある。きっと、彼にとってもそうなのだろう。彼の話したい悩みがなんなのか、なんとなくわかった気がする。
「……とりあえずどっか入るか。コーヒーでも飲みながらゆっくり話そう」
「うん」
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