あたしだけだから
金曜日の夕方。聡美さんと待ち合わせした場所に向かう。聡美さんはまだ来ていないようだが、代わりに美猫さんが居た。彼女はいつも早めに来るから、一時間遅めに待ち合わせ時間を伝えておいたと聡美さんは言っていたが。聡美さんに連絡を入れてから見つかる前に移動しようと思ったが、目が合ってしまった。しばらく見つめ合った後、彼女の方から目を逸らした。しかし気になるのか、ちらちらとこちらを見ている。無視して、グループチャットにメッセージを打ち込んでいると「あ! 明菜さーん!」と、聞き慣れた声。声がした方を見ると、ぽっちゃりした緩い雰囲気の女性が手を振っていた。みくりんだ。彼女だけではなく、他六人も全員集合している。美猫さんの反応が気になってチラ見すると、唖然としていた。夢でも見ているのかとでも言いたげな顔だ。
「うわっ。ごめん。私が時間伝え間違えたみたい。みんなと同じ時間にしてた」
「にしても早いよね。いつから居るんだろう」
「あの人いつも早かったもんね」
「私、時間間違えて一時間早く到着したことありますけど、もう居ましたよ。家にいても暇だから来ちゃったとか言って」
「七股かけてるのに暇なんてあるわけないだろ」
「今考えるとそうですよね。どうやって時間管理してたんでしょうねあの人」
なんて話していると、ふと見ると美猫さんの姿が消えていた。逃げたかと辺りを見回すと、木の影から覗く彼女と目が合う。口パクで何かを言っているが、伝わらない。気まずくて出てこられないということだけは分かる。聡美さんが気付き、木陰から引っ張り出してきた。
「ちょ、待って、待って待って! なに!? なんなのこの状況!? なんでみんな居るの!?」
聡美さんに引きずられながら、説明を求めるように叫ぶ美猫さん。「二人きりで会うとまた流されそうだと思ったからついてきてもらったの」と聡美さんは笑顔で答える。目は笑っていない。
「最初誘ったのは明菜さんだけだったけど、せっかくならみんなで行こうって明菜さんが」
「なんで!?」
「その方が面白そうだったから」
「私は面白くないんだけどぉ!? てか、私が話あるのさとちゃんだけなんだけど……二人きりで話したかったんだけど……」
「……あんたと二人きりだと、正常な判断出来なくなりそうだもの」
「えぇ? なにそれ。さとちゃんやっぱり私のことまだ好きなの?」
揶揄うように美猫さんが言うと、聡美さんは「そうよ」と素直に認めた。思わぬ返答だったのか美猫さんも目を丸くして照れるように頰をかいた。その反応を見た聡美さんは舌打ちして美猫さんを睨む。
「す、好きな人に向ける顔じゃないんですけどぉ……」
「……あたし以外の元カノと久しぶりに会ってどう?」
「え? どうって……」
美猫さんの視線が私たち一人一人を捉える。一周して聡美さんに戻ったが、気まずいのかすぐに逸らした。
「……さとちゃんが一番かわ「そういう嘘いらないから正直に答えて」……みんな相変わらず可愛いなと思いました。はい」
美猫さんが目を逸らしながらそう答えると、聡美さんは「変わらないわね」と冷たく吐き捨てて彼女を離した。
「……あたしだけだから」
「え?」
「……あんたのこと好きなの、もう、あたしだけだから。明菜は彼女居るし、結と美紅凛は付き合ってる。他三人は特に恋人がいるわけじゃないけど、あんたのことなんて眼中にないわ。みんな、前に進んでる。……七股かけられたのに懲りもせずにまたあんたなんかに心乱されてる馬鹿、あたしくらいよ」
「……」
「……移動するわよ」
「え。ど、どこに?」
「居酒屋。店、予約してある。八人で」
「は? 八人?」
「ええ。八人。あんたと、あたしを含めたあんたの元カノ七人で合計八人」
「いや、いやいやいやいや、待って? なんで?」
「あんたがあたしと話をしたいって言ったから」
「言った。言ったけど。あれは君と二人で話がしたいって意味で……」
「言ったでしょ。二人きりだと正常な判断ができなくなるって。あたしはあんたと本気で向き合うって決めたの。だから、あんたもあたしのこと好きなら本気で向き合いなさい。その覚悟がないならもう帰って。二度とあたしの前に顔見せないで。これは返すから」
そう言って聡美さんは美猫さんに無理矢理何かを握らせる。美猫さんはそれをじっと見つめた後、意を決したように一息ついて「これはもう少し預かってて」と聡美さんから受け取ったものを返した。
「なんなら貰ってくれてもいいよ」
「……要らないわよあんたの手垢がついたピアスなんて」
「なら、次に会う時に返して」
「……次があったらね」
そうため息を吐くと聡美さんはカバンにそれをしまい込み「案内するからみんなついてきて」と歩き始める。彼女の三歩後ろをついていく美猫さんを取り囲むようにして、私達もついていく。
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