46 焔の精霊



 黒ローブは魔法の槍を次々と生み出し、俺に向かって放つ。

 俺はクナイの連射でそれに応じた。


「なっ!」


 黒ローブはフードの下に仮面までしてしっかりと顔を隠している。

 驚きの声は仮面に跳ね返ってくぐもっていた。


「魔法の細工がされた武器か!」

「この程度で驚くなよ」


 クナイの連射が止まらず、黒ローブは宙を滑って回避行動を取る。

 命中しなくても、ある程度の距離が離れたクナイは自動的に鞘の中に戻るようになっている。

 岩を貫通するぐらいには力を入れているとので、戻ってくるのはあっという間だ。

 何度も外すほど下手ではない。

 命中しているのだが、寸前で弾き返された。


「硬い結界だなぁ」

「くそっ、子供のくせに」

「その子供を殺そうとする程度の奴にしては、なかなかやるな」

「貴様!」


 すぐ怒って反撃してきた。

 短気だな。

 魔法の槍に炎が付与されて放たれる。

 クナイで迎撃するが、弾けた炎が周囲に散って火災を起こしている。

 逃げ場を塞ぐつもりか。


「少しは考えているみたいだな」

「口の減らない子供だな!」


 お前はこっちの誘いによく乗ってくれる。

 躍起になって炎を纏った槍を放ち、炎をあちこちに撒き散らす。


「あ〜あ、周り中火事じゃないか」


 おかげで火は周辺の建物を巻き込み、大規模な火災に発展しようとしている。


「誰のせいだ!」

「いや、お前のせいだろう」


 火を撒いているのはお前だろうに。


「お前が素直に殺されないからだ!」

「殺されたい生物なんていないよ。愚かなことを言うな」

「黙れ! 下等生物が!」

「あ?」


 カッチーン、来た。


「お前らは家畜と同じなんだ! 殺されたい時に殺されろ!」


 再び槍を投じる。

 俺はそれをクナイを投げて撃墜する。

 だが、クナイはそれで止まらない。

 さっきまでなら魔法の槍の爆発に飲まれて違う方向に飛んでいたが、今度は車線が曲がることなく黒ローブに向かって行き、結界に触れる。

 そのまま破る。


「なっ!」


 さすがに、結界を貫いた時に射線がぶれたか。

 クナイは黒ローブの肩を貫いて駆けていき、射程距離に達すると鞘に戻った。

 黒ローブが落ちてくる。


「ぐはっ!」

「肩に穴が空いた程度で落ちるか。それじゃあ魔人将も名乗れんな」

「ぐっ」


 手に持ったクナイで仮面とフードを切る。

 そこから現れたのは銀の髪、蝋燭のように血色の悪そうな白い肌。

 赤い瞳。

 そして、なによりも特徴的な、髪を押し除けて主張する渦巻きの角。

 有角人種。


「魔族か」

「貴様、何者だ」

「知ってるだろう」

「ふざけるな、たかが人間の王子にこんなことが……」


 あの戦争を経てもまだ生き残っていることに驚きだが、その状況でなおこいつらに共有する傲慢な性格が治っていないことの方が驚きだ。

 いや……。

 もうこうなったら、己の種族に対する誇りぐらいしか持ち合わせがないと言うことなのかもしれない。

 知ったことではないが。

 なにしろ、こいつらの始めた戦争の結末なのだから。


「放火は死罪だ。捕まって罰を受けるか?」

「なぜ、この私が人間などに裁かれねばならん!」


 肩の穴を治しながら、魔族の男は立ち上がる。


「人間などという下等種族がこの大地を支配しようというのが間違いなのだ。我らが魔族こそが!」


 クナイで穴を開けられた程度では心が折れないか。

 こういう奴らって、無駄に精神強度が高いから困る。

 だが……。


「それなら、もう少し怖い目にあってもらおう」


 ちょうどよく、火はそこら中にある。

 瞬間、俺たちの周りで燃え盛っていた火が消えた。

 だが、熱はまだ存在している。

 俺の手に集まっている。

 再び、炎を放つ。

 赤より鋭い青の焔を。


「なっ、それは」

「儀式系の魔法は苦手なんだが、お前がちょうどよく火を撒いてくれてたすかった」


 火は青から白へ、そして結晶化して鍵の形へとなる。


「扉よこれへ、鍵は我が手に、いざやいざや我が招聘に応えよ」


 鍵は宙に浮き、消え失せ、そして焔の輪が空中に現れる。


「炎の王よ」

「なっ、あっ……」

「この魔力に触れてなお、お前はその高慢を貫くか?」


 それができた奴らは全員死んだ。

 魔王も、魔人将も、名も知れぬ一兵卒たちも。


「無様な生き残りの分際で、それがまだできると吐かすなら……」


 憎悪のぶつけ合いで滅んだのがお前たちだ。

 炎の王が輪の中から出現する。

 溶岩の肌。

 炎の髮。

 ガラスの爪。


「やってみせろ」

「うああああああああああ!」


 炎の王の手が魔族の男を掴んだ。

 その熱に必死に耐えようと結界を張っているが、相手は熱そのものを支配する存在だ。

 結界などなんの役にも立たず、熱は浸透する。

 魔族の体を隠すローブは瞬く間に燃え尽き、体内の脂肪が溶け、皮膚を破って火を吐き出す。


「邪神を封印した剣をどこにやった?」


 いままさに炭化への道をひた走っている魔族にその質問をする。

 まさか、焼かれた程度で毒舌も吐けないような生ぬるいことは言わないよな?

 そう問いかけたいが、まさしくその通りのようだ。

 戦争が終わってもう三十年は過ぎたんだったか?

 だとすれば生き残りに戦場の気概を残している者はいないのかもしれない。

 隠れ暮らす自分たちの境遇を呪い、捻じ曲がった誇りだけを糧に生きてきたとでも言うつもりか?


「チッ」

「ぐあっ」


 召喚を解き、炎の王を帰還させる。

 俺の目の前に落ちる。


「お前は……人間か?」


 話ができる程度に回復してやったら、そんなことを言った。


「つまらないことを聞く。お前らがそれを恐れるならば、それはお前たちの行いが生んだということだ」


 そう返し、焦げついた魔族と腰を抜かして震えるだけの闇ギルドの生き残りを見た。

 こいつらがいれば、情報は手に入るだろう。

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