44 怪盗事情



「なんてことを⁉︎」


 周りの女性たちが殺気だって俺たちを囲む。

 武器は出していないが、手の動きがどれもおかしい。袖やらに隠している武器をいつでも出せるようにしているのだろう。

 イーファにも動揺はない。

 冷たい視線を周囲に向けている。

 ちゃんと意識が戦闘に傾いているな。

 偉くなってその辺りが鈍っていたらどうしようかと思った。

 まぁ、俺が守ってやれるだろうが。

 そんなことになったら、すっごく悔しがりそうだな。

 わはは。


「待ちなさい!」


 よくわからない荷物に埋もれていた女が声を上げた。


「その前に、ちょっと、起こして」


 起き上がってくるのかと思ったら、助けを求めている。

 他の女たちがどうしたものかと俺たちを見ているので、俺が近づいてひっぱり起こしてやった。

 女たちが動こうとしたけれど、イーファが牽制することで動きを止める。

 引き起こした女の姿は、さっきのおばちゃんから妙齢の美女に変わった。

 あの頃からなのだから、もっと老けていてもおかしくないのだが……。

 若さの秘密は、その両耳と肌に現れている。

 黒い肌に尖った耳。

 怪盗ヴィジョーネはダークエルフなのだ。

 おそらく、周りにいる女たちも、魔法で姿を変えているダークエルフなのだろう。


「ふう……」

「どうだ、久しぶりの痛みは?」

「ええ、そうね」


 俺に引き起こされた女は、額を撫でて、それからイーファを見た。


「そっちの女が教えたって考えることもできるけど、この手加減してくれているのかどうなのかわからない痛みには覚えがあるわ」


 と、彼女の両手が俺の頬に添えられる。


「それに、こんな特徴的な魔力を忘れるわけがない」


 そう言ったヴィジョーネは涙を流した。


「こんな再会もあるものなのね」

「そんなにあるものではないと思うがね」


 涙を流すヴィジョーネにイーファが怪訝に問いかけた。


「なんでそんなにジークに固執してたわけ? それより、あなたはずっと、私たちの邪魔をしていたでしょう?」


 おおう、本当に気づいていなかったのか?


「え? なに?」


 俺が呆れた目を向けると、イーファが慌てる。


「もしかして、気づいてないのは私だけとか言わないわよね?」

「……」

「嘘だっ! 私より鈍感なあんたが気付いてて、私が知らないなんてそんな……」


 なんか酷いことを言っているが無視だ。

 俺はヴィジョーネに話すよう促した。


「私たちは魔族のやり方についていけなくて、離脱した」


 とはいえ、魔族は周辺の亜人種も巻き込んでいたこともあったし、離脱したのはヴィジョーネを含んだダークエルフたちの中でもわずかな者たちだけだったので、人間たちから憎まれていることには変わりない。

 彼女たちは人間に姿を偽り、隠れ住むことにした。

 だが、このまま戦争状態になっていては、人間たちも気が立ち、自分たちの正体がバレた時に命がない。

 そんな危険な状態を早く終わらせるには、戦争を終結させるしかない。

 そのための手伝いとして、自分たちにできることは考えていた時、勇者選抜の話が出てきた。

 この能力に優れたものたちを各国で選抜し、魔族の領域への単独潜航し、内部から戦うことのできる猛者を派遣する。

 それが勇者選抜の目的だ。

 過酷な任務だけれど、かねてより軍隊としての運用では平均的な能力を求められるため、超人的な能力を持つ者との相性が悪いという問題があり、それを克服する案としては最適であったのかもしれない。


 ダークエルフは狩人としての能力が高く、隠密行動に優れている。

 この能力を役立たせるには、密偵のような仕事が最適である。

 だが、権力者に近づき過ぎれば捕まって処罰されるか、使い潰される危険もある。

 協力するのであれば、これと目をかけた勇者候補に助力することではないか。

 だが、勇者に真っ直ぐ協力を申し出たとしても、ダークエルフとの接触が、そのまま勇者失格の理由となる恐れもある。

 そのため、怪盗ヴィジョーネという存在を生み出し、これと見初めた勇者候補……ジークフリードが勇者と認められるために、それとなく協力することにした。


「そして私たちの目的は叶った」


 そう言って、ヴィジョーネが俺を見る。

 いや、こいつの名前がヴィジョーネではないのか?

 だが、面倒だし、ここではこいつが頭目のようなのでヴィジョーネでいいだろう。


「それだけじゃなくて、この男は私の心も盗んでいったのだけど」


 それは知らん。

 当時の俺としても、ことごとく俺たちのいる場所で、俺たちの目的に沿ったなにかを盗んだり、騒ぎを起こしたりするので、変だなとは思っていたのだ。

 途中で正体がダークエルフであることは気付いていたし、それなら亜人種の反魔族派が裏で助力してくれているのかも、ぐらいは考えた。

 直接聞いたことはなかったがな。


「その割には、いまだに怪盗業をしているみたいだが?」

「戦争が終わっても、故郷には戻れなかったのでね。裏稼業での情報屋みたいなことをしているのよ。普段は占い師とか曲芸師で生計を立てているの」

「なるほどなぁ」

「ねぇ、土地が欲しいなら助力するけど」

「あら、嬉しい。でも、今日の要件はそれじゃあなかったと思うのだけれど?」


 イーファの提案は魅力的だと思うが、ヴィジョーネはそれを聞き流して本題へと戻してきた。

 俺としてはたすかる。


「ええ、そうね」


 と、イーファが例の剣のことを尋ねた。


「ああ、邪神騒動の時の剣ね」

「知っているの?」

「もちろん、私たちは関わっていないわ。私たちは、平和な世界を楽しみたいのだから」

「わかったわ。それで?」

「そういう動きがあったのは知っている。あなたたちが邪神を封印するための剣を作らせた鍛治士が裏で脅されて、あれとそっくりの剣を作らせた。城に潜り込んで剣をすり替えることのできる者たちを探して、私たちにも接触があった。断ったけれどね。代わりに受けたのが、闇ギルドの連中。彼らは成功したようね。いえ、捨て駒扱いで私たちを使いたかったけれど、断られたから自分でなんとかしたという方が正解かしら?」

「と、いうことは」

「偽物の剣を作らせたのも闇ギルド。でも、邪神を蘇らせたところで闇ギルドには得はない。では、どこの誰が、得をするのかしら?」

「どこの誰って……」

「それがわかれば苦労しない」

「そう。だからそれ以上は、闇ギルドに聞いてみなければわからないわ」


 闇ギルドか。

 そう考えていると……。


「なんか、煙くさいな」


 俺がそういうと、周囲の女たちも遅れて気付いた。

 奥から別の女が走ってきて、青い顔で叫んだ。


「火事よ!」

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