41 俺は悪くない
イーファが怒っている。
だが、俺は悪くない。
俺たち親子を遠ざけようとする陰険親父への嫌がらせをしただけだ。
うん、俺は悪くない。
「アル、母のためにそこまで」
「そうだよ、母上」
「アル!」
「母上!」
「そんな小芝居はいらないわよ!」
ソフィーと抱き合っているとイーファに冷たく吐き捨てられた。
「相変わらずノリの悪い奴らだ」
「あんたのノリが悪ノリすぎるのよ。なんでこんな奴が勇者なんだか」
とブツクサ言いながら俺の持ってきた剣を掴み、それから首を傾げたかと思うとその場で鞘から抜いた。
「ジーク? いや、いまはアルブレヒト? アル? どれでもいいけど」
「なんだよ?」
「あんたが盗んだのは、本当にこの剣?」
「そうだよ」
「なら、あんたはやっぱり悪くないわね」
イーファは剣を鞘に収めると、雑にテーブルに投げた。
「この剣、形を似せてるだけの偽物だわ」
「おや」
「まぁ」
「だと思った」
ゼルだけがわかっていたという顔だ。
「こいつが持ってきた時からなにも感じなかったしな。アル、お前もわかってただろう」
「見た目が立派だから大事にしてるんだなとしか思わなかったな」
「ほら、こいつなら不確定存在の気配を見逃すはずもない」
「あのね、こっちはいま、いろいろ確認してる段階なわけ、後から知ったか顔するとか最低批評野郎態度はやめてよね」
「へいへい」
ゼルはテキトーに返事をすると、ソファにごろりと転がった。
「それで、本物はどこに行ったんだ?」
「問題はそれよね」
イーファが険しい顔で考える。
「わざわざすり替えるということは、これはただの窃盗ではないということよ」
「計画的にってことか」
「その可能性は高いわね。他の国にも確認しないといけないかも」
イーファは一人でぶつぶつと考え始めた。
というか、もうこれは段取りを考えているということか。
ギャアギャア文句を言っていただけとは、違うってことか。
「なんか、お前ってほんと、聖女長様だな」
「当たり前でしょう。なに言ってんのよ?」
「なんでも」
マックスは最初から貴族だと知っていたから、あまり驚かなかった。
だが、イーファ……イファルタは、あの野良犬みたいな聖女見習いは、ちゃんと聖女になり、そして聖女長になった。
そういう変化を見ると、俺の努力はどこかで間違えていたのだろうかと思うこともある。
ただ無心に強くなることに時間を注ぎ続けた魔王城での日々は無意味だったのかと。
国に仕える気はなかった。
これまでにいろいろあった経緯を考えれば、俺は権力者に好かれるような人間ではないことは嫌というほどわかっていた。
かといって、勇者としての強さが、国から放置されるようなものではないこともわかっていた。
魔王の復活を監視するというのは、そういう意味でちょうどいい理由だった。
でっちあげの嘘であっても、それを指摘するような不粋は、いろんなところに不都合が起こるだけなので、皆が全力で無視するだろうと思っていたし、実際にそうなった。
だから、俺は、あのままあそこで修行だけを続けていたのだが……。
イーファの成長を羨ましく感じるということは、俺はどこかで自分の在り方に後悔していたのだろうか?
まぁ、あのまま死んでいたらそんなことを考えることもなかったのだろうけども。
ほんと、なんなんだろうな、この人生は。
俺は、ゼルを見た。
大欠伸している。
あいつを見ているとそういう悩みも馬鹿らしくなってくるけどな。
俺の仲間は、本当にいいバランスだな。
「とにかく、この剣は調査をしてみないとわからないわね。盗んだ奴らがなにを考えているのか」
「その封印って、剣を揃えたらいいのか?」
「さあ?」
イーファは肩をすくめた。
あ、昔のこいつっぽい。
「七つに分けた方が封印しやすいから、そうしただけ。こいつがこの後どういう風に復活するかなんて考えるわけないでしょ。願うのは、できればこのまま力尽きてほしいってだけよ」
それはそうかもしれない。
「バラバラの状態で剣を壊せば、あるいは弱い状態で活動を開始するかもな」
考える様子を見せて、ゼルが言う。
「だが、俺様がやるなら、全部揃えてから一気に壊す。その方が強いだろうし、目的は確実に達成できるだろ」
なにを目的にしているかは知らんけどなと、付け足す。
そうだ。
剣を盗んだ連中がなにを目的にしてそんなことをしたのかもわからないんだよな。
「ただの剣の収集癖を拗らせた奴だって可能性もあるわけか?」
「あるかもな」
「そんな変態の可能性まで考えられないわよ」
イーファはうんざりと吐き捨てる。
「犯人は、剣の正体を知っていて、その中身を必要としている。私が敵にしないといけないのはそういう連中よ。他の変態は、じゃあゼルにあげる」
「いらね」
「なるほど」
二人のやりとりを無視して、俺は頷く。
なら、きっと、起きる時は一気にってことか。
「じゃあ、起きるまでは待つだけだな」
「探すの手伝いなさいよ」
「だって俺、王に嫌われてるからな。探すための伝手も駒もない」
「まったく!」
「申し訳ありません」
ソフィーが深々と謝り、イーファが慌てる。
「いえ、あなたが悪いわけじゃないわ」
「まぁ、そんなに慌てることもないさ」
それをゼルが笑う。
「きっとどうにかなる」
「その根拠は?」
イーファが問うと、ゼルが俺を指した。
「この自動問題収集装置がいるんだからな」
「ひどい言われ方だ」
「お前がいるとその場の問題が自然と集まってくる。俺様たちは一体何度、それを経験した?」
「……それもそうね」
じっくりと考えた末に、イーファに頷かれてしまった。
きっと俺は泣いていい。
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