35 邪神像



 いや、違うだろう。

 こういうのは、もっとさぁ。

 例えば、俺のクナイが完成したところで出会うとか、なんかそういう感じになった方が盛り上がるんじゃないかな?


「そう思わない?」

「いや、なにがだよ⁉︎」


 邪悪な像の前に立っているフードの男には、俺の苦悩は理解されなかったようだ。

 まぁでも、クナイだしな。

 そんなに特別感を出すのも難しいか。


「はぁ、やれやれ」

「迷子か? さっさと帰れ」


 こっちを子供だと思って、フードの男は邪険に手を振る。

 なら、こっちも子供の振りをしてみるか。

 いや、子供なんだけどな。


「ねぇ、なにしてるの?」

「うるさい。ただの掃除だ」

「それはなに?」

「ただの像だ」

「なんの神様?」

「うるさい!」

「邪神だったり〜?」

「……」


 お、顔付きが変わった。

 怒ったな。

 しつこくて怒ったのか、それとも核心を突いて怒ったのかがわからないところが問題だが、まぁ、この後の態度でわかるだろ。

 殺そうとしてきたら、当たりだ。


「ガキが、しつこいな」


 ローブの中から手を出してきた。

 魔力の動きが変わる。

 背後の邪神像から男へと注ぎ込まれていく。


「骨も残らなければ、誰も問題ないだろう」


 そう言った瞬間、魔力灯によって伸びていた影が広がり、俺たちへと向かってくる。

 届くかどうかのところで、影が水のように吹き上がり、中から巨大な牙の列を広げた化け物が姿を見せた。


 影鮫の魔法だったか?

 境界世界に存在する不確定生命がどうとかこうとかと、ゼルが話していたのは覚えている。

 俺は実用部分にしか興味がなかったから、そういう説明の記憶は曖昧だ。

 だが……。


 ドゴンッ!


 境界世界だろうがなんだろうが、こちらの世界に現れた時点で物質的な存在になる。

 つまり、殴れる。


「なっ……」


 思わぬ展開だったのか、ローブの男は唖然と立ち尽くしている。


「この程度ではな」

「……はっ! まさか!」


 俺が話しかけると、男は我に帰ったようだ。


「お前、まさか……アルブレヒト王子か!」

「うん?」

「は、ははは……あの王子は只者ではない。あの話は本当だったか」

「なんで俺のことを? いや……」


 まぁ、そこそこ暴れたからな。

 とはいえ、俺がこういうことができると知っているとすれば?


「ラ、ラ、ラ……ラなんとかの関係者か」


 あいつは再起不能になっているが、その取り巻きには生きている人間はいるだろう。

 あの辺りから名前が漏れてしまったか。


「ラモールだ!」


 訂正が入った。

 ということは、正解か。


「殺さなかったのは間違いだったな! 貴様を潰すための勢力は生まれようとしている。そして!」


 男の周りでさらに影が吹き上がる。


「これで終わりだ!」

「う〜がっ」


 バクン。


 なにが起こった?

 俺もびっくりした。

 男は勝利を確信していたことだろう。

 邪神像に集めていた魔力を使い、必殺の魔法を使ったつもりだったはずだ。

 それはたしかに結実し、俺に向かって放つ直前だった。

 だが、消えた。

 跡形もなくなった。

 どこに消えたかといえば……。


 俺は、そして男も、マナナを見た。


「食べた?」

「う〜が〜」


 マナナはめっちゃご機嫌だった。


「食べたのか〜」

「う〜」

「そっか」

「うう〜?」

「美味しいのか?」

「うう〜う〜」

「そうか、それはよかった」

「う〜」

「よくねぇよ!」


 我に帰った男が吠えた。


「魔法を食べるってなんだ? ふざけんな!」

「ふざけんなって言われてもなぁ。こっちは命を狙われてるわけだし?」

「そんなことより! 俺の魔法を返せよ!」

「返せって……」


 なんなんだこいつ?

 わがままか?


「返せよ! 返せーー!」


 なんか駄々っ子になった。


「マナナ、どうする?」

「う〜うがっ!」


 と、マナナが軽く吠えた。

 その口から黒い光が放たれる。

 魔力の光というか、あの男の魔法が宿った光だ。


「はっ! うわあああああ!」


 魔力の光を受けて、その男は消えた。

 きれいに、いなくなった。

 背後の邪神像も壊れて、その奥にも穴が空いた。


 ズゴゴゴ……。


「あっ、やべ」


 この地鳴りはやばい。


「逃げるぞ」


 マナナを掴むと、とっとと脱出した。

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