08 復讐



「ひっ、うわ、うあっ」


 ローブとフードで全身を隠した男は、俺を見るなりひび割れた声で狼狽した。

 声からして老人のようだが、幼児に怯えるとは情けのない奴だ。

 ローブに隠すようにして持っているのは動物の頭蓋骨か。呪法で使う薬物によって黒く塗り固められ、金粉のようなもので紋様を描かれている。

 あの頭蓋骨が呪法士の力の源。

 自然界の循環に乗れず、腐敗と澱みの中で止まってしまった無念の魂がそこに収められているはずだ。


「それを壊せばよかったんだったか?」

「や、やめろっ!」


 動揺し、叫んでいるが呪法士は逃げない。

 いや、逃げられない。

 この場を動けばそれは、呪法士が発動させた呪法を中断させることとなる。

 呪法は完遂が絶対条件だ。

 途中でやめれば呪いは全て呪法士に返る。


「逃げるなよ。逃げてもいいが、壊させろ」

「やめろっ!」

「そうだやめろ」


 いきなり声がしたかと思うと、足を握られた。

 跳躍の着地に使った男か。

 まだ生きていたとは大したものだ。


「テメェ、いきなり飛び蹴りなんてな。やんちゃがすぎるとは思わないか?」


 俺の足を掴んで持ち上げ、自分の顔の高さに合わせてくる。

 子供とはいえ片手で逆さ吊りできるとは、なかなかの筋力だな。

 いや、これは違うか。


「魔功か」

「……へぇ、わかるのかよ」


 男は顔を歪ませ、微妙な笑みを浮かべた。

 魔功は魔法使いの使用する肉体強化魔法とはまた違うもの。

 自然な状態で体内に流れる魔力を訓練によって増やし、それによって肉体をより基礎の部分から鍛えていく。

 骨を、筋肉を、神経を、皮膚を……根本から強力に変質させていく方法。

 それが魔功だ。


 俺がかつて師から教わり、後に仲間になったマックスに伝えた。

 マックスが家を継いで侯爵となった時に魔王城で修行する俺のところに来て、侯爵領の騎士団に伝えることの許可を求め、俺はそれを許した。

 つまりこいつは……。


「アンハルト騎士団の者か?」

「ちっ」


 俺が言うと、男は忌々しげに舌打ちした。


「その歳でもアンハルトの血を引く者ってことか。クソがっ!」


 男はそう吐き捨てると、空いている左手で器用に剣を抜き、俺に切先を向けた。


「死ねよ。クソガキ」


 短い距離での突きは、俺の喉に向けられていた。

 体を揺らして避ける。

 前屈の要領で足を掴んでいる手を掴もうとすると、それよりも先に足を離された。

 腕の骨を折ろうとしたのがバレたか。


「それなりに実力者だな」

「っざけんな!」


 そろそろと距離を取ろうとしている呪法士に風刃の魔法を飛ばし、足を切る。


「逃げるな。お前の処分は後だ」


 男は剣を右手で持ち直していた。

 鞘の位置もそうだったが、やはり右利きか。


「右を使えなくしたのが失敗だったな」


 右で剣を抜き、余計なことを言わずに突きを放っていれば、俺を殺せたかもしれない。

 つまり、剣を持つ右手で俺を掴んだことが、男の失敗だと言ってやると嫌な顔をした。


「あのクソ男みたいなことを言いやがる」

「クソ男?」

「お前のジジイだ!」


 ジジイ……祖父?


「ああ」


 マックスのことか。

 時々、わからなくなるな。

 勇者としての記憶のせいで、関係性でときどき混乱しそうになる。


「まぁ、仕方ない?」


 祖父と孫の関係云々よりも、あいつの剣の師匠は俺になるからな。

 それまでは、そこらの普通の騎士程度の実力しかなかった。

 仲間にしたのは、あいつの執念が凄かったからだ。

 おかげで、俺たちの息はとても合っていた。


「はっ、まぁいいさ。ここでお前が死んで、あのジジイがどんな顔をするか、楽しみだ」

「そのヘラヘラ笑いだ」

「なに?」

「自分でも本心を表に出す方法がわからなくなっているんだろう? そのヘラヘラ笑いで誤魔化している。それがマックスは気に入らなかったんだろうぜ」


 なにしろあいつは、嫌になるぐらいにまっすぐな男だからな。


「ほざけっ!」


 図星を突いたか?

 顔を真っ赤にして怒鳴り、俺へと距離を詰める。

 小さな俺に剣を当てようとすると、どうしても上からの振り下ろしになるな。

 頭上に近づいてくる剣を冷静に見つめ、それに合わせて手を動かす。

 剣身を横から叩く。


 タンッ!


 剣は折れ、奴が持っている柄の部分だけが残る。


「なっ!」

「剣の整備を怠ったな」


 呆然とする男の懐に潜り込み、下半身に拳を埋め込む。


「ひぐっ!」

「鍛錬も怠っている。ここら辺も不合格原因だな」


 この男は、剣の才能があったのだろう。

 アンハルト騎士団に入れるぐらいには。

 だが、それだけだった。

 才能がある奴はたくさんいた。

 俺よりも強い奴もたくさんいた。

 だが誰も、俺を押し退けて勇者になることはなかった。

 最後に勝つのは才能ではなく、執念だ。

 誰でもいいではなく、俺でなければならないという鉄の意志だ。

 それがわかっているから、マックスはこの男を最終的には切り捨てたのだろう。

 ヘラヘラ笑いで自分を隠すことをやめられなくなった者に、強さの高みは目指せないと見切られたのだ。


「魔功をこれ以上、悪巧みに使わせる気はない」

「がっ!」


 爆発の魔法を男の体内で発生させ、心臓を潰す。

 破壊系統の魔法は、生物の体内に直接影響を与えることは難しい。

 体内はその生物の魔力によって満たされた絶対空間だ。

 そのために、体内に直接影響を及ぼす魔法を作り出すことは難しい。

 だが、魔功を込めた拳で相手の体内に俺の魔力を押し込み、共鳴させれば、その短時間、共鳴した範囲でならば破壊系統の魔法を発動させることができる。


「さて……」

「ひうっ!」


 男が倒れ、呪法士に向き直る。


「お、お前! アンハルトのマクシミリアンの血を引く……い、いや」


 錯乱したのか、呪法士は俺を指差し、腰を抜かした姿勢で後ろに下がっていく。

 あの様子だと、呪法の実行も忘れているだろう。


「お前は、勇者か?」


 そう言った瞬間、呪法士の体が炎を上げた。

 アンハルト宮殿に降り注がせていた呪法が未完となったために、その全てが呪法士に返った結果だろう。


 こいつ、どうして俺を勇者だとわかったのか?

 まぁ、いいか。

 それより、カタリーナへの仕返しを考えよう。

 どうせ、依頼人はあいつに決まっている。

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