約束
次に信様が向かった場所は、空中ではなく地上だった。
「目を開けて」
秘密の場所とは、満開となって間もない桜で咲き誇る春にしか見れない春色の素敵な空間だった。
何千本も聳え立つ鮮やかな桜は空を覆い隠すほどだ。
信様からゆっくりと降ろしてもらった私は、桜色に染まるこの場所に心惹かれる。
「空から見た光景も素敵だけど、地上にこんなところがあったなんて…!!」
こんな所で婚姻の儀を挙げられたらとつい考えてしまう。きっと素敵で一生忘れられないものになるだろうと。
すると、信様は一輪の桜の花を私の髪にさした。その手はそっと頰に触れた。
「あ…」
「やはり陽子は桜が似合う美しい人だ。此処に連れて来て正解だった」
「そ、そんな恥ずかしいです…。私がこんなに可愛らしい桜に似合う人なんて…」
「本当のことを言ったまでだ。見た目だけじゃない。分け隔てなく優しく人々に耳を傾け、弱者を助け続けたまさに巫女に相応しい
(こんなに褒めちぎられたの初めてだわ。なんて応えればいいのか分からなくなっちゃう…)
私は顔を真っ赤にしながら、偶々肩に落ちてきた一輪の桜をお返しとして信様の綺麗な銀髪にそっとさした。
信様は少し驚いた様子で私を見た。
「ふふ♪仕返しです♪信様も桜がよく似合う神様ですわ」
「え、あ、ありがとう…(やられた…可愛すぎる…!!)」
「そして、襲われていた私を救ってくれた。心の底から愛してくれる私には勿体無いくらい素晴らしい
私は信様がさしてくれた桜を優しく触れながら「お揃いですね」と笑った。
すると、何かを決意した様な表情をした信様は私を抱きしめた。
「し、信様?」
「決めた」
「え?決めた?何を…」
「此処で婚姻の儀を行うこと」
「え!!此処でですか?!」
「あ、もしかして嫌…だった…?」
さっきまで想像していたモノが信様の一言で実現しそうになっていることに私は思わず驚いてしまった。まさか、神様だから考え見えていたのかと。
「い、いえいえ!!そうじゃなくて…その…此処に来た時、あまりにも桜が美しかったので、もし此処で婚姻の儀を挙げられたらなって…思ってて…」
「陽子…!!それじゃあ決まりだ!!この桜の木の下で挙げよう!!とても素晴らしい式になるぞ!!」
あははと嬉しそうに笑う信様はもう一度私を抱きしめた。こんなに無邪気に笑う信様を見たのは初めてだった。
ひらひらと散ってゆく桜の花びらがまるで宿泊している様だった。
けれど、信様は突然ハッと何かを思い出した様な表情を浮かべた。
「でも…今のまま挙げるわけにはいかないな」
「え…」
やはり、私に龍神の巫女の名も癒しの異能がないのがいけないのだろうか。何もかもが奪われた私に彼と結ばれるのは許されないのかと胸を締め付けられる。
(やっぱり何もない私じゃ…)
「あの偽巫女と愚か者を鉄槌を与えねばな」
「偽巫女…?」
「陽子の妹の玲奈のことだ。陽子から全てを奪ったあの女に全て返してもらう。この忌まわしいモノを全て消し去らないと。君の幸せのために…!!」
白鷺として全て見ていた信様は玲奈達に対して憎悪を向けている。怒りがこもった瞳に私は目を離せなかった。
「陽子。これを見るんだ」
すると、信様は術を使って右手からある物を浮かび上がらせた。それは、禍々しい常闇の色をした結晶だった。
「信様。これは…」
「この結晶は君がいた村の伝説の真実だ」
「真実?」
「此処に連れて来た理由はもう一つある。真の龍神の巫女であり、僕の花嫁である君が知るべき真実だ」
(どうゆうこと…?信様は何を知っているの…?)
私の知らない真実。あの村の伝説に何があったのだろうか。
知るのが怖い。でも、ここで逃げたら一生後悔する。
「教えてください。全てを」
これは信様と私の未来に繋がることだろう。
私は覚悟を決め、全ての真実に立ち向かってゆくのだった。
村の神社。
相変わらず玲奈は巫女としての勤めを果たしていなかった。代わりに和正の父親である宮司が龍神に祈りを捧げていた。
癒しの異能も位が高い者にしか使わず、村民には施されなかった。
陽子がいなくなってから罰則が酷くなり、少しでも玲奈を非難すれば無実の罪で捕え拷問の末に殺していた。救いの象徴だった龍神の巫女は今や脅威になっていたのだ。
もう陽子が知っていた村は変わり果てた姿となっていた。
そんなある日の夜、玲奈の父親の枕元に龍神の信が幽霊の様に現れた。
驚いて思わず叫びそうになるが、信が使った術により声を封印された。
「黙ってよく聞け"龍神の巫女"の父親よ。貴様に告げに来たのだ」
凍てつく目で怯える玲奈の父親を信は睨み付ける。まるで汚いモノを見ている様な目だった。
「次の新月の夜。貴様の娘と宮司の息子の婚姻の儀を挙げよ。我も赴くつもりだ。そして、龍神の加護と永遠の富を与える。そして、若き二人に祝福を」
「あ、ありがとうございます!!りゅ、龍神様!!!巫女である玲奈も一目貴方に…!!」
「そして……龍神の巫女となった玲奈の一族に」
「え…?」
「 」
何か一言告げた後、信は煙の様に姿を消した。
声を出さず口の動きだけで何かを伝えてきたが父親には伝わらなかった。一体最後に何を言ったのか気になったのだが、すぐにどうでも良くなったようだ。
そんな事よりも、早く婚姻の儀の準備を進めねばと父親は鼻息を荒くしていた。
信は白鷺の姿で愚かな男の様子をじっと見つめる。
「こんな男が陽子の父親なんてな。気持ちが悪い。あの後妻と同じ贔屓野郎が」
陽子の父親に対して悪態をつく。こんなに吐き気をもよおす悪意の人間を見るのは久方振りだった。
(早く帰ろう。伝える事は伝えたし。陽子に癒してもらおう…)
どっと疲れた信は早く愛する人の元に帰りたいとぼやきながら住んでいる屋敷の方へと飛び去ってゆくのだった。
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