求婚
酷く冷たい川の中。
罪をなすりつけられた私には打ってつけの最期の場所になった。身体も痛い、腕からは血が流れている。誰も助けてくれない。
流される中で幻聴として聞こえてくるのは和正と玲奈とお父様とお継母様、そして同僚達の罵声が響き渡る。耳を塞いでもはっきりと聞こえてくる。
身体も痛い、腕からは血が流れている。誰も助けてくれない。
「お前が僕と玲奈の子供を殺したんだ」
森に連れて行かれる前に言われた言葉。
私は必死に違うと否定しても和正には届かない。本当に違うのに。私は玲奈と子供を殺そうだなんて一度も思ったことはない。
どんなに無罪を訴えても誰も信じてくれない。
全てを奪われて泣くことしかできない自分にはもう希望も何もなかった。
このまま冷たい濁流の中で死んでしまった方がいいんじゃないかと思い始めてしまっている。
(でも…これでやっと楽になれる…お母様に会える…)
このまま死を受け入れてしまえば天国にお母様に会える。
死を受け入れようと暗闇に向かって手を伸ばした時だった。眩い光が私を照らす。あまりの眩しさに私は思わず目を瞑ってしまう。
その時、あの白鷺の声が聞こえてきた。
「陽子。遅くなってすまない。やっとお前を迎えに来れた」
簪を取り戻してくれた時に言われた約束を果たしに来たと優しく私に語りかける。
すると、光はさらに眩きを増し白鷺を包み込む。白鷺の姿がみるみる内に人の姿はを変わってゆく。
翼が人の手になって私の頰を優しく触れる。
光で顔がよく見えなかったが、銀色の長い髪が美しく靡いていた。
私は、あまりの美しさに思わず見惚れてしまっていた時だった。
「僕の愛しい花嫁」
(え?)
花嫁という言葉に驚き思わず目を見開く。
その言葉を意味を聞こうとしたと同時に目を覚ました。
(え…?夢だったの…?)
とても不思議な夢だった。あの白鷺が私を助けようとしてくれた夢だったが、最後のあの言葉が妙に引っかかってしまう。
けれどそれ以上に驚くことが私の身に起きていたのだ。
それは、最後に見ていた光景とは全く違う場所にいた事。
とても立派な屋敷の一室で私は布団に寝かされているに気付き慌てて飛び起きた。
「え?!此処はどこ?!」
私は周りを見渡すも誰もいない。
玲奈に奪われる前にいた自室よりも広い。
あるのは鏡台や箪笥や机と可愛い桜が描かれた
まるで私の為に用意された部屋。私が此処に来るのを知っていたのような雰囲気に私は困惑した。
外の様子を見に行こうと立ちあがろうとした時、頭に違和感を覚えた。
「う、嘘!!髪が元に戻ってる…!!!」
玲奈達の悪意のせいで切り刻まれて男の様な髪型だった筈の髪が元に戻っている。再び長くなった髪を何度も触れて夢ではないのかと何度も見直す。
髪を切られた時にできた顔の傷も、刺客に襲われた時に負った深い
崖から落ち川に流され目覚めるの記憶が無いのが更に私を混乱させた。
やはりあの声の主がそうさせたのだろうか。
環境に馴染めず慌てふためいていると、障子の方から可愛らしい声が聞こえてきた。障子の影が人間の形ではなく、小さな九尾の子供の影だった。
「失礼致します。あ!!」
挨拶をして戸を開け姿を見せた真っ白な九尾の子供は、目を覚まし起き上がった私を見て驚いた。
「お目覚めになられたのですね♪」
「えっと…あなたは?」
「申し遅れました!アタシは
「龍神…」
まさか私を助けてくれたのは龍神なのか。
本当にそうならどうして
考え込む私につららという可愛い雪九尾の子供は嬉しそうに近づき掛け布団がかけられた膝の上にちょこんと乗る。
彼女のあまりの可愛さに思わず手が伸びてしまった。ふわふわで雪の様に真っ白な尻尾を撫でる。不安な気持ちが少し和らいだ。
「(ふわふわ…)あ、ご、ごめんなさい!手が勝手に…」
「いえいえ。寧ろもっと撫でて欲しいです♪」
「私も教えなきゃね。私は陽子。アナタ達に助けてもらってとても感謝しています。ありがとう」
「お礼ならご主人様に言ってください。アタシは傷ついた陽子様を治しただけですから(撫で方上手い…気持ちいい…)」
「ご主人様?」
「あ!!!陽子様が目覚めたこと教えないかなきゃ!!少しお待ちくださいね。ご主人様を呼びに行ってまいりますので!!」
撫でられて上機嫌になったつららは楽しそうに屋敷の主人を呼びに部屋を出た。
(ご主人様ってことは龍神様ってことよね。どんな人かしら)
枕元に目をやるとそこには、ずっと握りしめていたボロボロの白鷺の羽が置かれていた。
私が村から唯一持ってこれた物。必ず迎えに来ると信じて手放さなかった白鷺との繋がり。
そっと羽を手に取りこれからやって来るであろう龍神様を思う。
(もしかして貴方が私を見守ってくれていたの?)
村の救世主で守り神である龍神様が、もし本当今までずっと私を見守ってくれたあの白鷺だったら。
感謝しても仕切れないという思いと同時に、どうして私を守ってくれたのか。そして、あの言葉の意味を知りたかった。
さっきの夢が導いてくれている気がした。
すると、縁側の方からドタドタと慌ただしい足音を立てながらこちらに近づいて来る。
足音が消えると勢いよく障子が開いた。
「陽子!!」
どこかで聞いた声。声の主は長い銀髪を早した美しい男性だった。彼の足元にはつららと彼女と同い年ぐらいの子狸が支えていた。
嬉しそうに私の名前を呼んでくれた男性に子狸は冷静に諌めた。
「ご主人様。そんなに大声を出したら陽子様が驚かれてしまいます」
「だ、だって…やっと目を覚ましたんだから仕方なかろう」
「陽子様らまだ病み上がりなのですから無理させてはいけませんからね。つららお前も陽子様に粗相をするなよ」
「いーっだ!!分かってるわよ!バカ紅葉!!!」
つららと紅葉という子の痴話喧嘩を見て私は可愛さのあまり思わず笑ってしまった。
そんな私を銀髪の男性はぎゅっと抱きしめてきた。突然のことで少し驚き短くきゃっと悲鳴を上げてしまった。
「よかった…本当によかった…」
まるで居ても立っても居られない様な様子で私の頭をそっと撫でる。
あの白鷺と同じ声で私の目覚めを喜んでいた。私を抱きしめてくれる腕の力がその思いが強いことが分かってしまう。
「あ…あの…くるしい」
「す、すまない。つい嬉しくて…」
私を離して申し訳なさそうに笑うその人から嘘を感じなかった。本当に私が目覚めたことが嬉しかったのだろう。
「もうどこも痛くない?」
「あの、は、はい、もう大丈夫です」
私の無事を知ると安堵の様子を見せるその人に可愛さを感じてしまった。どこか目を離せない彼のことがもっと知りたくなってしまう。
「ああ!まだ名乗っていなかったな!僕は
(この人が…龍神…)
私が想像していた龍神とは違っていたが、あの夢で見た光に似た何かを持っていると感じた。きっとこの人だ。この人がきっと…。
「ずっと白鷺として姿を偽って君を見ていた。すぐに助けてあげられなくて本当にすまない」
「そんな謝らないでください。私はもう平気ですから」
「いや…陽子をこんな風にするまで僕は何もできなかった。謝っても謝りきれないよ」
何もできなかったなんて嘘だ。この人は何度も私を助けてくれた。私に生きる希望を与えてくれた光だった。
手に持っているボロボロの羽がその証だ。
「こうして再び貴方に会えただけで嬉しいです」
「陽子…」
ちゃんと約束を守ってくれた。私を迎えに来てくれた。それだけで十分だった。
「ご主人様。俺とつららは一旦席を外しますね。お二人だけで話したいこともあるでしょう」
「え〜!!アタシはもっと陽子様と一緒に居たい!!!」
「貴様空気を読め。それでは。何かあったらすぐにお呼びください」
紅葉くんは慣れた感じでつららちゃんのふわふわの尻尾を噛むとそのまま引っ張りながら部屋を後にする。つららちゃんはもう少し私と居たかった様だが問答無用で連れて行かれてしまった。
二人きりになってしまった部屋の中。まさか、龍神様とこうやって対話をするなんて初めての事だ。緊張してしまう。
いろいろ聞きたいことはあるけれど、一番気にかかることを聞いてみることにした。
それは、やはりあの言葉。
「あの…信様。一つ伺っていいですか?」
「ん?なんだい?」
「お母様の簪を取り戻してくれた時に言ってくれた事なんですけど…その…私の可愛い花嫁って…」
私は顔を赤ながら花嫁という言葉の意味を信様に問う。
「覚えてないと思うけど実は、君が幼い頃に一度会ったことがあるんだ。先代の巫女、陽子のお母さんが先代の龍神である親父の元に連れて来てくれたんだ。この子に龍神の巫女の名と癒しの異能を継がせると告げる為に」
「ごめんなさい。何も覚えてなくて…」
「仕方ないよ。随分前の話だし。それで、まだガキで人見知りだった僕に笑顔で手を差し伸べてくれたんだ。遊ぼうって。それがとても嬉しかった」
一度会っていることにも驚いたが、とても嬉しそうに話す信様に目を離せなかった。話の続きが気になってしまう。
「まぁ…一目惚れってやつ。大きくなったら僕の花嫁にしたいって。でも、それが叶わなくてもいい。ただ、愛する人が幸せになってゆく姿を見れるだけで十分だった」
だからあの白鷺の姿で私のことを見守ってくれていたのか。あの愛おしそうな目で見ていたのはそうゆうことだったのかとようやく理解できた。
「あの和正って男と結婚する時もきっと陽子はもっと幸せになるだろうと信じていたんだ。だが、それがあの結果だ。もっと早くに君を迎えに行けばよかった。あの男を想っているからとと躊躇ったから陽子を傷つけてしまった。すまない」
「いえ、信様は何も悪くないです。私が弱かった結果ですから」
「陽子…」
信様は再び私を抱きしめだ。さっきの勢いのある抱き方ではなく、壊れやすい大事なモノを扱う様な優しい抱きしめ方だった。
「あんな事が起きた後だ。こんなのすぐには信じられないかもしれない。でも、本当に君のことを心の底から愛しているのは本当なんだ。」
「……っ」
「二度とあんな地獄の様な日々を送らせたりしない。髪を悲しませる様な事から守り抜く。約束するよ。」
彼の白い手が私の頰に触れる。
「僕の花嫁になってくれないか?」
まだ彼のことを何も知らないし、和正と玲奈に裏切られた恐怖はまだ拭えない。けれど、彼の瞳に偽りはなかった。
村で私を見守っていた頃と同じ目だった。彼はずっと私を想い続けていたのだ。
私は一度も彼に恩を返していない。助けられてばかりだった。
異能も何もかも失った私にできることはただ一つ。
私は、彼の告白に応える様にそっと頰を触れる手に私の手を添える。
「何もない私でよければ…」
私の応えを聞いた信様は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
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