第8話 寂しい気持ち

 アリから聞かされた自分の正体に驚愕したカイだったが、死に対する恐怖は不思議と起こらなかった。


「カイ、よく考えろ。嫌ならやらなくていい。地球がどうなろうとカイが犠牲になる必要はないし、お前が責任を感じなくていいんじゃ・・ 」

「アリ、ありがとう」

 カイはアリの優しさに張っていた肩の凝りが取れた気がした。

「でも、俺やるよ。そんな大役、何で俺なんだろうって不思議だけど、生贄なら俺にだって務まるからさ」

「カイ・・ そんな風に自分を蔑むな」

「ハハハ」

 強い口調でアリに諭されたカイは頭を掻いた。

「義海は解決策が見つかるまで、お前に伝えるつもりは無かったようだ。そして、義海は・・・ 恐らく誰かに殺されたのだろう」

「そんな・・・」

 父が自殺したなど脳裏に微塵も浮かばなかったカイであったが、愛おしい父が殺害されたと思うと悔しさで唇を嚙む。

「それに、さっきお前が犬に襲われたのも偶然じゃない。今年が888年目になるのだ。そして、来月28日に日食が起こる」

「え? そんなの直ぐじゃん」

 気持ちと頭の整理をする間も無く急を要している事に、カイは拳を強く握る。


「とりあえず、儂のファームへ行こう。途中タネ・マフタに寄る。マオリ族にとって神聖な地だ。きっと何か手がかりが見付かるはずだ」

「結月達を連れて行くのは危険かな?」

「そうじゃな・・・ しかし狙いはお前だろう。それにせっかくニュージーランドに来たのだ、色々と見て回るのもいいだろう。ポウナウを見付けに行くとだけ教えて、マウイ神やお前が器である事は必要になった時に打ち明けるのでいい」

「そうだね。心配されながら旅行するのは居心地悪いし」

 数々の意味合いを込めてカイは肩を竦めた。


「あ、カイっ! こっちこっち」

 裏庭に現れたカイを見付けた結月は、デッキソファで寛いでいた身体を少し起こすと手を振った。

「アリとの話、随分と長かったな」

 ユラユラと揺れるハンモックから顔を出した壮星がカイに尋ねる。

「まぁ、色々とね」

 少し戸惑った表情を浮かべると小さく溜息を付いた。

「カイ、ここ座れるよ」

 デッキソファに腰深く座っていたレイノルドが少し詰めるとカイの座るスペースをつくる。

「サンキュ」

「カイ君、何か飲む?」

 凜が立ち上がると大きなクーラーボックスに向う。

「あ、うん。LP」

「LP?」

「これだよ」

 レイノルドが自分が飲んでいる茶色の缶を持って見せる。

「あ、それね。それって美味しい?」

「うん、レモンソーダって感じ。ニュージーランドで作ってるよ」

「へぇ~ 凛、じゃあ俺もそれ取って」

「もう! 凛そんなに沢山持てないじゃん」

 少し頬を膨らませた結月が立ち上がると凛を助ける。

「私はこのジンジャービール。スッゴク美味しい」

「あ、それ、同感。アルコール入ってないのにビールって呼ぶのも面白いね」

 結月は一本の瓶と缶を手に持つとカイの方に歩いた。

「結月有難う」

 缶を受取ったカイが勢いよく蓋を開けると、弾けるようないい音がする。

「アリの話は何だったの?」

 レイノルドの問いに皆も一斉にカイへと意識を集中する。


 カイは、アリの提言通り、自身がマウイ神の器で生贄になる事を省いて、マウイ族の言い伝えで自分がヒスイ石を探さなければいけない事、そして、可能なら皆でニュージーランド国内を旅行したいと伝えた。

 皆を危険にさらさないためと、余計な心配をかけないために、嘘が下手なカイであったが、注意深く言葉を紡ぐ。


「アリからはそれだけ?」

「え? レイ? そうだよ」

「本当に?」

「何だよレイ、これで全部・・・」

 レイは隣に座るカイを横目で一瞥すると首を何度も小さく上下させた。

 カイがマウイ神の器であると知っていた義海と同様に、レイノルドも何かを隠している気がして、カイの表情が一瞬硬くなる。

「いやーー参ったよ。皆とニュージーランド旅行できるのは嬉しいけどさ、こんな大役俺でいいのかよ。神様の人選ミスだな。ハハハ」

 本来の自分に戻ろうと必死で笑みをつくるが、日本を発ってからの疲れが一気にカイを覆うと心身共に地中に沈んでいく感覚に襲われる。

「宝探し旅行みたいで、すっげぇ楽しみ!」

「だよね~ 今からワクワクする」

 結月達のニュージーランド旅行話で盛り上がる声が遠のくと、意識がカイから離れていく。


 長い黒髪の女性が波打ち際に立っている。

【またこの夢・・・】


「あああ、可哀想な子・・・」

【彼女は誰? 赤子は誰?】


 いつもの光景に初めて疑問が浮かんだ。


「この巨大な力を封じ込めねば・・・ ああ、私のせい、かわいそうに」

【力?】


 今まで気付かなかったセリフがカイの心に残る。


「カイ? カーイっ! こんな所で寝ちゃ、いくら夏でも風邪ひくよ」

「ねぇ~ 日本では考えられない。涼しい夏だよね」

「夜はクーラー要らないね~。寒いくらい」

「熱帯夜ってやつじゃないな」

 壮星は腰に巻いていたパーカーを紳士の風貌で凛に羽織る。

「壮星君、ありがとう」

「ゴホン」

 結月は咳払いをすると壮星のお尻を叩いた。

 レイノルドは三人のやり取りを眺めていたが、眉間にシワを寄せるカイに気づくと、寝顔を覗き込んだ。


 金髪美男子の笑顔がカイの瞳に映り込む。

「あ、起きた」

「レイ、俺、寝ちゃってた?」

「うん、長旅で疲れたもんね~ アリが部屋用意してくれてるよ」

「レイは帰るだろ?」

「うん、だからまた明日ね」

「おお」

「明日、皆でビーチ沿いのカフェでブランチしようって話してる」

「オキードキー」

「ナンナイト(おやすみ)、カイ」


 カイは身体を起こすと去っていくレイナルドと拳を合わせる。


【巨大な力って何だ?】

 突然カイの脳裏に引っ掛かった。

 いつも見る悪夢だったが、何故だか赤子がマウイ神であるように思えた。

 母を知らずに育ったカイは、もしあの赤子がマウイ神なら、母親に捨てられた彼の寂しさに同調すると胸が痛くなった。

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