30.魔力
後衛を襲おうとした黒騎士を俺が止めようとした際。
ほぼ無防備な状態で浴びた強烈な斬撃。咄嗟に身を捩ったことで奇跡的に即死こそ免れたものの、傷が深すぎた。
流れ続ける血に死の気配が刻々と近づくのを感じる。
窮地においてリンファが放った極大の精霊術でさえ、やつを倒すには至らなかった。それどころかやつは隠していた力を開放し、さらなる絶望を見せつける。
「かはッ――!?」
巨腕によって払われたマリーメアが間近に撥ね飛ばされた時、なけなしの力で彼女を受け止めたのはほとんど反射だった。
「ぐっ……!」
傷の痛みに意識が遠のきかける。
マリーメアは命に別状はないものの、足が嫌な方向に曲がっていた。完全に折れている。
「な、何してる、です!? お前、そんな体で……!?」
「つい……癖、かな……」
「癖って……」
泣きそうな顔でこちらを見つめるマリーメア。
「……足、治さ、ないのか」
「足なんかよりお前の方が! ……でももう、魔力が……! マリーのせいだ、マリーのせいで、みんな死んじゃう……!」
「そ、んな……こと、は」
いよいよ涙を零し始めるマリーメア。つい、何となく。その頬に触れようとして、腕が上がりきらずにだらりと下がる。手がマリーメアの衣服に引っかかった。
その拍子に、
「こ、れは……」
何らかの液体が満たされた小瓶。
俺たちがこの領域に飛ばされた原因たる遺物。
その中身が何なのか。こういった霊薬の類は先刻拾った腕輪型の遺物と違って、専門的な技能や設備なしでは効果を判別できない。下手をすれば非常に毒性の高い劇物である可能性があるし、そうでなくとも摂取量を誤って命を落とす場合もある。
だが、ことこの場面に至っては、賭けに出るほかなかった。どのみち何もしなければこのまま死ぬしかない。ならば、この遺物がせめて回復薬の類であることを願うしかない。
俺は小瓶を拾い上げ、血を失いすぎて細かに震える手で栓を抜き、中身を一気に呷った。
「お、おい、何を……」
「……んく、……が、ぁあぁぁッ!?」
瞬間、体内を焼くような凄まじい熱が全身を襲う。
熱い、熱い熱い痛い熱い熱い痛いあついあついあついいたい――!
「な!? おい、大丈夫か、です!?」
切り裂かれた傷など最早気にならない程の苦痛に、気が狂いそうになりながら身もだえる。
毒物。賭けに負けた。ここで死ぬ。そんな後悔と無念が渦巻く中、どれ程の時間が経ったか。熱は唐突に、ぴたりと消えた。
「……?」
とうとう頭がおかしくなって、痛みも感じなくなったのか。
それにしては、何かが。
いつもと違う、違和感。体がまるで自分のものではないかのような、
これは――!
「は――!?」
驚愕の表情を浮かべたマリーメアが何事か口にしようとした時、既に俺は身を起こし、地を蹴り駆け出していた。
瞬きの間すらなく、異形の守護者へと到達し、振るう剣は巨腕を容易く斬り落とした。
さっきまでの倦怠感が嘘のように体が軽い。傷はとうに塞がった。鮮明な視界に全能感にも似た感覚が満たされる。
今、この身には。
――確かな魔力が宿っていた。
「悪い、待たせた」
「――アデム!」
リンファの声に軽く手をかざしてみせる。
「アデム様……!」
泣きそうな顔のレティーナは全身が傷だらけだった。自己治癒を満足に行うこともできないまでに消耗しており、とっくに限界が近かったのだ。
「よく頑張ったな。あとは任せてくれ」
そう言って、俺はレティーナにも治癒魔法をかける。
「治癒魔法……!?で、でもアデム様は剣士……っ、アデム様! 後ろ――え?」
残ったもう一方の巨腕。それが俺に辿り着く寸前、支えを失ってあらぬ方向へと飛んで落ちる。
レティーナの治療を終え、やっと俺はまともに守護者の方を向いた。
2本もの腕を半ばから断たれた守護者は、大きく身震いをすると、その切断面から新たな腕を生やして見せた。
そうして、金属を擦り合わせたような不快な絶叫を上げる。怒りか、それともそれ以外の何かか。
何にせよ、この戦いが始まって守護者が見せる初めての感情的な行動だった。
「余裕がなくなってきたんじゃないか?」
俺の言葉を理解しているのかどうかは分からないが、まるで図星でも突かれたかのように襲い掛かってくる。
風を切り、唸りを上げて迫るふたつの拳。掠っただけでも体が砕け散るのではないかという、それを俺は紙一重、ギリギリを見極めて回避する。
ここまで肉薄してしまえば、あの巨腕は取り回しの悪い重石になりさがる。
上等とばかりに大剣を構える守護者。その変わらぬ剛剣を俺は己が剣で迎え撃った。
激しい衝撃音が響く。
眼球のない落ち窪んだ眼窩が、動揺に揺れた気がした。
膂力で遥かに劣り、受け流すしかなかった筈の守護者の剣を俺は正面から受け止め、抑え込んでいた。
拮抗。いや、押し切れる――!
今まで、その魔力の少なさ故に局所的、瞬間的にしか扱えなかった身体強化を始めとする術式を、俺は全開にして使用していた。
何しろ初めて扱う魔力量だ。配分を誤って振り回されないように慎重に操作していたが……。
「慣れてきた」
「――!?」
グン、と。守護者の剣が圧される。
巨腕が引き戻される気配。このまま抱き潰そうという
「その判断は、」
手にした剣が輝き出す。薄く、しかしどこまでも濃く。圧縮に圧縮を重ねた魔力が剣を纏う。
俺の剣が、黒騎士の持つ大剣にめり込んだ。
「もう遅いッ!」
瞬間、細く伸びる極光と共に俺は剣を振り抜いた。
ィン――。
何処か涼やかな音が鳴り、俺は静かに剣を構え直す。
遅れて響く鈍い音。
目の前に崩れた守護者はその身を縦に一刀両断されていた。動く気配は、ない。
満ちた静寂の中、俺は残心を解いた。
「……ふぅ、なんとかなっうお!?」
「アデム様!!」
「うおぉ!?」
飛び込んできたレティーナを何とか抱き留める。残心後の隙を狙った見事なタックルだった。
押し当てられた胸は普通なら幸福に感じるところかもしれないが、それ以上に強烈なパワーの締め付けでそれどころではない。 この魔力がなければ殺られていたかもしれない。
「れ、レティーナ、ちょっと力強い、かも……!」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて身を離すレティーナだったが、触れるか触れないかで距離感は近いままだった。
「アデム……!」
『アデムさん!』
「リンファ、それに……ユノ、なのか?」
ぶった斬られた後もなんとなく状況は把握していたが、改めて見ると信じられない現象だった。
守護者を追い詰めかけたあの精霊術、それに目の前のユノが内包する魔力。それらは上位精霊のそれといって差し支えない。
この迷宮を探索する最中、高濃度の魔素に晒されながら魔力の急速回復を繰り返した結果か……? にしてもこんなに急に、それもいきなり上位精霊とは。
『――ぁデムさん。アデムさん! 聞いてます!?』
「おぉっ? す、すまんちょっと考え事してた。なんだ?」
『お姉ちゃんが魔素酔いを起こしちゃったので、治療して欲しいんです』
言われて、リンファに目を向けると確かに苦しそうにしている。
「すまん、気づかなかった。すぐ治す」
リンファの手を取って、魔塵を取り除いてやる。
「……君こそ、大丈夫なのか? 怪我は……!?」
「俺はほら、この通り」
言いながら、切り裂かれた衣服をめくって胸元を見せてみる。
「……本当だ、治ってる……マリーメアに治して貰ったのか?」
「マリーじゃねー、です。むしろこいつにマリーも治して貰った、です」
「私もです。さっきのは治癒魔法ですよね?」
「一体何がどうなって……」
「そうだ、あの小瓶を飲んだあと……あれは何だったんだ、です?」
「小瓶……? もしかしてあの時の遺物、ですか?」
「あぁ。ダメもとで飲んだんだが当たりだったらしい」
「なるほど……そんなに凄い霊薬だったんだな、あれは……。どんな効果だったんだ?」
「あぁ、聞いて驚けよ?」
勿体ぶった俺に、興味深げな視線が集中する。
「なんとあれは……魔力の増幅剤だったんだ!」
「魔力」
「増幅剤」
「……です?」
『?』
……あれ、何か反応鈍いな。
「えっと他の効果は?」
「いや多分それだけだな。少なくとも他の変化は感じられないし」
「ではそれ程までに莫大な量の魔力が手に入ったということですか……!?」
え、総量はどうだろうな。並み以上にはなったと思うが……。
「んー……まあレティーナの半分くらいは増えたかな?」
「えぇ? わ、私の半分……ですか?」
「まあ凄いといえば……凄い、のか?」
『さあ……?』
「知らねー、です」
より微妙な空気になる面々。
な、何でだよ! 凄いことだろ! 魔力が手に入るんだぞ? 俺にとってはまさに悲願に他ならないのに!
そう、悲願だ。
俺は人並みの魔力を手に入れたのだ……!
ようやく悲願が叶ったのだ。試したいことはいくらでもある。俺の冒険者生活はこれから真の始まりを迎えたんだ!
なのに今ひとつその喜びが伝わらない。温度差が凄かった。
釈然としないまま、粒子となって消え始める黒騎士の遺骸から魔晶石を始めとした戦利品を回収する。鈍色に輝く大剣はどうやら遺物だったらしく、還元化の予兆は見せずに残り続けているが、残念ながら俺が諸共斬ってしまったせいで真っ二つになってしまった。一応持って帰るか……。
回収が済めば、いよいよここに居残っている理由もない。
「さて、さっさと起動し、て……?」
「アデム?」
あれ、何だ。視界が、歪ん、で……。
「ぅお……」
どうしようもな虚脱感に襲われたと思うと、視界が反転。その場に倒れ込んでしまったらしい。
「アデム様!?」
「アデム!?」
なんかここ最近、こんなんばっかりだな……。滲む視界の中ぼんやりと、そんなことを思いながら、俺の意識はゆっくりと暗転していった。
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