4.れっつだんじょん

 ギルドにてパーティーの結成を終えた俺たちは早速、手頃な迷宮ダンジョンに潜っていた。


 ただし、目的は探索や狩りではなくあくまでお互いの戦術確認だ。

 

「いいか、あくまでお前と組むのは次のパーティーが決まるまでだからな!」


「分かってる分かってる」


 何かと棘のある物言いのリンファを適当にあしらいつつ、薄暗い洞窟を進む。

 

 【屍人の巣窟】。タンデムの北方に存在するそれは、字面から察せる通り、不死アンデッド系の魔物を中心とした迷宮だ。


 不死アンデッド系と一口に言っても、実体を持たない死霊のような思念タイプとスケルトンやグールのように死体がそのまま動いているようなものの二通りがいて、この迷宮は主に後者が現れる。


 スケルトンやグールのたぐいは耐久性こそ高めなものの動きが鈍く、比較的脅威度が低い。ギルドが定めた迷宮の危険度はE、リンファの等級ランクはDとのことで、俺に至っては一応B等級。ある程度の実力を測るうえでも丁度いいというわけだ。まあリンファには今更そんな低レベルの迷宮なんて、とごねられたのだが。


「リンファは【屍人の巣窟】に来たことは?」


「……何度かは」


「そうか。ならまあ今更言われなくても分かってるだろうが、相手が複数の場合は弓持ちを優先して倒してくれ」


 一応の注意事項にリンファはつまらなさげに鼻を鳴らした。


 リンファの態度に俺は小さく溜息を吐く。


 まあ後衛が遠距離攻撃手段持ちから倒すなど極々当たり前の戦術な上、ここに出るスケルトンの弓は精度が悪く威力も低いため仮に放っておいたとしてもさして問題にはならない。


 それを理解しているからこそ、リンファとしては今更そんなことを言われてもといった気分なのだろう。


 気持ちは分からんでもないのだが、かといってそういう態度もなあ。今後、他の人と組んだ時にこういう所も解散や追放の一因になってしまうのではないかと思う。


「……お」


 あれこれ考えながら薄暗い迷宮内を進んでいると、視界に揺らめく複数の人影のようなものが映る。

 

 スケルトンだ。数は3体、やや距離があるからまだこちらには気付いていないようだった。


「リンファ、射程まで近づいたら先制攻撃を頼む。その後は……」


「それならここで十分だ」


 俺の言葉を遮るように言って、リンファが手の平をかざす。

 

「【凍て貫けアイスバレット】!」


 詠唱とともに複数の氷塊が顕現、射出されたそれらは鋭い風切音を纏って3体のスケルトンを粉砕した。


 その戦果に俺は感嘆の声を漏らす。


「おお」


「ふん、手応えないね」


 つまらなさげにそう言い捨てるリンファだが、その声色は心なしか自慢げな気もする。


 ただ、実際自慢げにするのも頷けるだけの威力と射程だ。


「これで分かっただろ? 今更こんな迷宮に用はないって」


「あぁ、正直見くびってた」


「ふふん」


「下級の精霊術でこれなら中級以上がどれ程か、想像もつかない」


「…………とにかく、これ以上ここにいる理由もないだろう。時間の無駄だ」


 何が気に障ったのか、一転して急に不機嫌な雰囲気になるリンファ。そのまま踵を返して帰ろうとするのを肩を掴んで止める。


「まあ待て待て、ついでなんだから俺の腕も見ておきたくないか?」


「別に」


「よぉーし! 張り切っていくぞ」


「おい!」


 リンファの声はスルーして先に進む。流石に置いて帰るつもりはないらしく、不承不承といった様子でリンファも付いてきた。


 間もなく、迷宮内を彷徨うグールを捕捉。数は1、2、3……8体。なんか多いな。


「何体か減らしてやろうか?」


「いや、必要ない」


 どこか煽るような口調のリンファに短く返して、剣を抜いた俺はグールとの距離を詰める。接近に気づいたグールがこちらに向き直り、襲い掛かろうとしてくるが、そこはすでに俺の間合い。すれ違いざまに首を落とす。まずは1体。


 続けざまに残りの個体達が襲ってくるが、動きは単調で然程速くもない。


 複数の魔物を相手にするにあたって大事なのは手際だ。如何に素早く敵を処理するか、それに尽きる。


 ゲルドのように強力な魔法が使えるなら、それで一掃してしまうのもいいし、エルシャのように弓の手数で遠距離から圧倒できるならそれもよし。ホムラに至っては不死アンデッドの類ならまとめて浄化して終わりだろう。


 しかし、残念なことに俺は剣士であり、体質上魔法もろくに行使することはできない。ならばどうするか。


 答えは効率だ。


 最小限の動きで敵の弱点を突き続ける。言葉にしてみれば何だそんなことかといったようなことだが、言うはやすく行うはかたし。これが中々難しいが、実現できた時の効果も馬鹿にならない。単純に魔力や体力の節約にもなる。

 

 まあ何が言いたいかというと、魔物を倒すのにド派手な技だの魔法だのは必要ないということだ。断じて自分がそういうの出来ない故のひがみとかではない。


 グールどもの攻撃を必要最低限の動きで躱し、剣をその身に這わすように振るう。強く振り抜く必要はない。あくまで相手の勢いを利用する。


 首を落として2体目、足を落として3体目——あとは流れ作業のようなものだ。手早く残りも無力化した後、足を落として動けなくしたグールにとどめを刺して戦闘は終了した。


 ……なんというか、あれだな。久しぶりに自分の手で魔物を倒した気がする。来る日も来る日も俺の出番なく魔物は殲滅され続けて……あ、やばいちょっと涙出そう。

 

 ま、まあそれはさておき、我ながらそれなりに鮮やかな手並みを見せられたのではないだろうか。戦闘が終わったことで近寄ってきたリンファに振り返る。


「まあこんなもんだ、どうだ?」


「なんというか……地味だな」


 ちょっと涙出た。



 


 


 そりゃあね? 世の成功している近接職に比べれば俺の戦いは地味に映るかもしれませんよ? 稲妻が迸ったりもしませんし、爆発したりもしないし。でもですね、俺に言わせてみればそんなのは無駄なわけですよ。余分。美しくない。爆発させなくたって適切なタイミングで適切な部分を適切に斬れば敵は倒せるもん。 こんな風にね!


 勢いよく振り抜かれた剣がスケルトンの頭部にクリーンヒットし、その頭蓋を派手に吹き飛ばした。いかん、いらん力が入った。心頭滅却、心頭滅却……。


 とまあ、思わぬところでちょっとした心の傷は負ったものの、その後の迷宮探索は特にトラブルもなく進行していた。

 

 今日何度目かのスケルトンとの接敵も難なく退けられている。実力と迷宮の危険度を考えれば当然と言ってしまえば当然なのだが。

 

「【撃ち焦がせファイアバレット】!」


 リンファの精霊術で最後のグールが燃え尽きる。


「よし、今日はこの辺で切り上げるか」


「……それがいい。いい加減退屈で飽き飽きしてたところだ」


 吐き捨てるように言って、早々に踵を返すリンファ。


 相変わらずの態度に俺は小さく嘆息するが、実の所リンファに対してそこまでの悪感情は抱いていない。むしろ好感を抱いてさえいた。


 それはリンファの戦闘スタイルに起因している。言葉や態度こそあんな感じだが、その戦い方は極めて堅実で実直。無駄も少ない。


 ここまで、敵の力量に合わせて必要以上の術は使わずに倒してきている。誰かさんたちは目に映るものを常に最大火力で破壊する勢いだったからな……。その点リンファはまさに俺好みの術師と言えるだろう。


 俺と違って魔力量も相当あるようだし、伸びしろ抜群だ。


 前衛を置いて帰ろうとするリンファの背を追いつつ、俺は今後の方針を固めていった。

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