7.土壇場で修行し始めるやつ
時は少し遡って——
「精霊術と魔法の……二重詠唱?」
「あぁ、上手くいけばそれで中級精霊術程度の威力にはなる」
「い、いやいやいや! そんなの聞いたことないぞ!?」
「そりゃ普通は中級精霊術使った方が早いし……」
術の行使に中級精霊術より手間が掛かって、魔力の消費量もやや多い。ほぼ意味がないから基本誰もやらないのだろう。色々模索していた頃、副産物的に発見した技術なのだが思わぬところで役に立ちそうである。
「で、でも仮にそんな技術が本当にあったとして……僕はそんなの出来ない」
「今から覚えればいい」
「は?」
俺の言葉にリンファが何言ってんだこいつとでも言いたげな顔を向けてくる。
「何言ってんだこいつ……」
口にも出ちゃった……。
「そんなすぐに出来るわけないだろ! 僕はその技術のこと何も知らないんだぞ!?」
「俺が教えるよ」
「教えるって、君剣士だろ!?」
「まあまあ騙されたと思って。守護者もずっと待ちぼうけにさせちゃかわいそうだろ」
「か、かわいそう……!? さっきからなんでそんな緊張感ないんだ!」
「そりゃ、お前なら出来るって信じてるからな」
「……っ!」
「安心しろ、お前なら絶対に出来る」
しばしの沈黙が場を満たした後、
「……分かった。教えてくれ」
恐怖、緊張、あるいは猜疑心。それらで揺れていたリンファの瞳から、迷いが消えた。
「じゃあ早速だが、リンファが自前で使える魔法の属性を教えてくれ」
「氷と火……あとは雷の下級魔法だ」
「その3属性なら氷がいいな。まずは精霊術を展開して保持したまま、自分でも魔法を詠唱してみてくれ」
「わかった。【
いつも通り、リンファの周囲に浮かび上がる氷の礫。
「……【アイスボール】」
氷の礫の混じって、人の頭程の氷塊がリンファの掌の上に生成された。
「よし、同時に保持できてるな。じゃあ一度術を破棄してくれ。そんで次は術を同時に起動して顕現前にその2つの魔力を同調させて合成するんだ」
「え、こ、こうか……!?」
リンファの周囲と手の平、双方に魔力が渦巻き、空気が若干霜ついて——すぐに霧散した。
「いや出来るかこんなの! どうなったら同調してるのかがまず分からないんだが!?」
「んー、まあ口で説明されただけじゃそら分からんわな。……ちょっと失礼」
言いながら、俺はおもむろにリンファの手を取った。
「ひゃぁっ、なんだ急に!?」
「手伝うからもう1回やってみ」
「は、はあ? 手伝うって……どういう」
「いいからほら」
「なんなんだ……セクハラだぞこんなの……」
なにやら小さな声でぶつくさ言いつつもリンファが再度ふたつの術を詠唱し始めた。
ふむふむなるほど……なら、こんな感じかね。
「んあッ……んんッ!? ちょ、何、あっ……!」
身を
「!?」
「よし、出来たな」
「え、は……どうやって、今何を!?」
「ちょっと魔力の流れを弄らせてもらった」
「…………???」
リンファが何か世界の理を理解してしまった猫のような顔をした。
「これで俺がアシストするから、感覚を覚えてくれ」
「え、いや待てだから魔力を弄るって何……ひゃんっ!?」
何かリンファが言いかけたが時間が惜しいので魔力を波打たせて練習を促す。操作もだけど、これされるとき皆変な声出すんだよな。くすぐったいというか、何かゾワゾワくるらしい。
ゲルドとか男にやる分にはまだいいんだけど、ホムラ相手の時とか正直気まずかった。当のホムラはこの訓練に謎の積極性を見せていたが……。
「ほら次々。どんどんやるぞ」
「ひぁッ……んッ……分かった! 分かったからそれ止めろぉ!」
◆
「ナイスだ、リンファ!」
結果的にリンファは精霊術と魔法の二重詠唱を無事ものに出来た。本番でも成功させられるかは若干賭けの部分もあったが、上手くいって何よりだ。
主な攻撃方法であるふたつの鋏を破壊された
こうなれば後警戒すべきはその巨体そのものと尻尾のみとなり、こちらは格段に立ち回りやすくなる。言ってはなんだが消化試合だ。大蠍は目前の俺よりも後方のリンファを危険と判断し、潰しに行きたがっていたが、勿論そんなことを俺が許すわけもない。
その出足をことごとく妨害し、リンファもリンファで事前に伝えた合図に従って細かく立ち位置を変えることで対応した。
俺が着実に脚部を削り、リンファがとどめに破壊するサイクルを繰り返すこと5回。とうとう自重を支えらえなくなった大蠍は地に伏した。ほぼ勝負はついたと言えるだろう。
「ふう……」
構えは解かず呼吸を整える。あとは完全にとどめを刺すだけだ。油断せずに行く。
そう、俺は
それが仇となった。俺は目の前の敵に集中し過ぎて、俺のもとへ駆け寄る足音に気付くのが遅れたのだ。
「やったな! アデム!」
「ッ! 馬鹿! まだ来るな!」
「えっ……あ」
俺の声にビクリと足を止めるリンファ。そして気づく。移動できなくなった
この至近距離、後衛職のリンファではまず避けられない。
「クソッ」
俺は即座に駆け出す。間に合え——!
後衛職が決着も付いていないのに自ら有効射程内に入る。その愚を咎めるように放たれた針がリンファに直撃する前、俺はすんでのところで追いつき、剣で弾く。
が、続く2発目。これは剣では間に合わない。背後にリンファが居る以上避けることも出来ないそれを、
「あ、アデ……」
「リンファ! 術をぶち込め! ここは俺が凌ぐ!」
「! わ、分かった!」
射程内に入ってしまったリンファを逃がすよりは、ここで俺がリンファを守りつつとどめを狙った方がいい。
そう判断し、次々と撃ち込まれる針を剣と体を使って受け止める。
「……っ! 【二重詠唱:
そうして、これまでよりも近距離で放たれた氷の砲弾は
「おおォ……らぁッ!!」
大蠍が怯み、針の射出が中断されたその瞬間に俺は破砕した顔面に向かって剣を投擲した。ただでさえ少ない魔力の残りをほぼ全て込めてぶん投げられたそれは、大きく開いた傷口から頭部に深々と突き刺ささった。
「何とか……なったな……ゴホッ……!」
「アデムッ!」
血の混じった咳をして、よろめいた俺をリンファが支えようとする。そこで初めて俺を正面から見たリンファが目を見開いた。
「そんな……!」
俺の体の前側には剣で払いそこなった針が至る所に突き刺さり悲惨なことになっていた。ただ、これでも致命傷は避けて受けたつもりなので見た目のショッキングさ程重症ではない筈だ。何なら魔力欠乏の方がしんどいまであるかもしれない。
リンファに支えて貰いながら、体を半ば引きずるように帰還陣に向かう。
「僕の……僕のせいだ……!」
「あー……? 気にすんなよ、どの道お前が居なきゃ倒せなかったんだし……」
「でも……」
「それよりあれだな……今の俺……逆ハリネズミみたいだな……」
体の前側に針いっぱい刺さっててさ。
「それはただのハリネズミ襲って返り討ちにされたやつじゃ……? じゃなくて、言ってる場合か!?」
馬鹿なことを言いながら、
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