第71話 デビュタント当日



 なんかもう怒濤のイベントばかりで忘れかけていたけれど、直近最大のイベントはデビュタントだ。つまりはミアの成人式、みたいなもの。


 貴族の子供はデビュタントの場において国王陛下に挨拶をすることで大人として認められ、社交界デビューができるようになるのだ。デビュタント後に迎賓館で行われる夜会は国内有数の規模となる。


 もちろん同い年の若い男女が集まるので、まだ婚約者がいない貴族令息・令嬢にとっては『狩り場』となる。

 そんな浮かれた若い女性に寄り添い「この人は〇〇家の△△さんですよ」とか「食べてばかりいないで男を選びなさい」とか「コイツは遊び人だから止めとけ」とアドバイスするのがシャペロン(介添人)の役割となる。


 ミアは長い付き合いの友人だし、シャペロンを務める間柄。私としても気合いを入れたいところだ。


 ……まぁ、気合いを入れるもなにも、シャペロンなんてしょせんはオマケで、どれだけ目立たなくするかが勝負みたいなところがあるんだけどね。酷いときはシャペロンが目立ちすぎて男たちの視線を独占、デビュタント令嬢が空気になってしまう事例もあるとか。


≪そんなフラグ立てなくても≫


 どういうことよ?


≪年上とはいえマスターは美人ですし、王妃になれるだけの教養を有しています。公爵家の令嬢ですが少々『傷』ありで格下の貴族でも求婚しやすい。令息としては狙い目でしょう≫


 マスターを傷物扱いするのは止めてもらえません?


 あー、でもそうか。お父様が亡くなったことはもう広まっているし、『狙い目』として声を掛けてくる野郎もいるのか。国王陛下のお言葉も、求婚までしなければセーフだろうし。


 まぁ、私が着ていくのは公爵夫人からお借りした地味目のドレスだし、そこまで目立たないでしょう。


 と、安直に考える私であった。





 安直だった。


 会場に入った途端に好奇の目が向けられたし、ミアを無視して声を掛けてくる野郎もいた。ミアが一人で前に出て、国王陛下に挨拶する大切な場面でも話しかけてくる野獣までいたし……。まぁ最後のは物理的に黙ってもらったけど。


「はぁ~」


 会場二階のバルコニー(大型のベランダ)に設置された椅子に腰を下ろし、深く息を吐く私。本当はずっとミアの側にいるべきなのだけど、あまりに声を掛けられまくり、逆に迷惑になってしまうので退散してきたのだ。


 ミアの友達だという少女とそのシャペロンさんも一緒なので変な事態にはならない、はず。


 ちなみにバルコニーの入り口となる扉前にはリチャードさんが付けてくれた伯爵家の騎士団長・ライヒさんが立ってくれているので誰も入って来られないようだ。いや権力を笠に着てどかすことはできるだろうけど、デビュタントの日にそんなことをする愚か者はいないみたい。


 というか、私は王都に無事到着したのだけど、ライヒさんはいつまで護衛してくれるのかしらね? ……もしかしたら自分からは「帰りたいのですが」と言い出せないのかもしれないし、あとで尋ねてみましょうか。


 国王陛下のお言葉があってもこれ・・なのだから、もしお言葉をいただいていなかったらどうなっていたことか……。あ、いや、あの場にいられないような下級貴族は陛下のお言葉を知らない可能性もあるのかしら? それなら今日の声の掛けられ具合も納得できるというもの。


 いっそのこと陛下のお言葉を文章にして全貴族に配布してくれないかしら。


 そんな無茶なことを考えていると、バルコニーの扉が開けられた。


 なんとなく視線を向けた先にいたのは――カイン殿下。その後ろではライヒさんが申し訳なさそうに謝罪のポーズを取っている。さすがに王太子殿下を止めることはできなかったようだ。


 カイン殿下は、アイルセル公爵家の屋敷で見たときよりやつれた気がする。いやそれでも他を圧倒するイケメンなのが凄いのだけどね。


「……リリーナ嬢。少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「あ、はい」


 なんだかしおらしいわね? 再会したカイン殿下は王太子らしい自信に満ちあふれていたのだけど。……いや、帰るときにはボロボロになっていたっけ。なぜか。


≪そりゃあ初恋であろう人に求婚して、即答でフラれてしまいましたし≫


≪自信もなにも粉々に砕け散るでしょう。自分は頭がいい、人なんて簡単に操れると過信していた男なら特に≫


≪可哀想に≫


≪可哀想に≫


 まるで私が悪いみたいな物言いはやめてくれない?


 アズたちの声はカイン殿下には聞こえないので、殿下は割り込むように話を進めてきた。


「アイルセル公爵夫人に窘められました。私は自分の恋心ばかり優先していて、相手の気持ちを尊重していないと。恋とは頭の中で計算するものではなく、相手を嵌めるものでもなく、心と心でするものだと」


 おぉ、公爵夫人は殿下にお説教をしてくださったのか。お手数をおかけしてすみません。そして王太子殿下にお説教できる貴女は何者なんですか……?


「父上――陛下も反省している様子でした。『もう無理やりに婚約させようとはしないから安心して欲しい』との伝言を預かっています。いずれ直接謝罪したいとも」


「そ、そうでしたか……」


 やはり何者なんですか公爵夫人? 私の中の『逆らっちゃいけない人ランキング』で公爵夫人がトップに躍り出た瞬間だった。


「正直言いまして、私には女心というものが分かりません。きっと人の心というものも分かっていないのでしょう」


「……え~っと」


 いや、うん。夫を亡くしたばかりの未亡人に求婚してくるのはだいぶアレですよね。

 同じく求婚してきたリチャードさんは公爵家を追放されて行き場がない私を保護しようという考えがあったはずだし。ガースさんはそもそも私が未亡人だと知らない。ミッツさんは悪気はないというか何も考えてないだろうし、レオは……う~ん? あれは求婚カウントでいいのかしら?


 ま、とにかく。現状のカイン殿下に『優しい』とか『気が利く』という評価を下すのは無理な話だ。


 そして少年は自らの欠点を自覚し。決意を新たにしたと。


「リリーナ嬢。私はもう一度学び直します。人の心。王太子としての使命。国を治めるとはどういうことなのか……。とりあえず、一年。一年間、見守っていて欲しいのです」


「えぇ、お待ちしておりますわ」


 自ら成長しようとする少年を、止めるつもりなどない。


「そして一年後。私が成長したのなら。その時はもう一度求婚してもよろしいでしょうか?」


「…………、…………エェ、オマチシテオリマスワ」


 そういうところだぞ、と心の中でツッコミを入れる私だった。こりゃ一年じゃ足りないかもね。




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