第69話 謁見と、破壊音


「ぬ~ん……」


 指輪姿のアズを引っ張ってみたけど、抜けやしない。


≪ふっふっふっ! マスターを想う私の忠誠心が、その程度の力でどうにかなるはずがないでしょう!≫


 マスターを想うなら勝手に装備されるのを止めてほしいのですが? しかも左手薬指。そこまで言われたら肉体強化魔法で引っこ抜いて――いや私の指ごと引っこ抜けるか。


≪まったく。マスターに迷惑を掛けるとは……本当に駄剣ですね≫


 常識人っぽい発言をするフレイルだけど、あなただって勝手に装備されたのを忘れていませんか?


 ま、いいや。


 メイド服姿で王宮内を歩き回られるよりは、指輪として監視できる方がマシかもしれないし。それに既婚者というか未亡人なのだから左手薬指に指輪をしていても可笑しなことはない。


≪……ここで「ま、いいや」となってしまうから色々と巻き込まれてしまうのでは?≫


 巻き込んできた一人であるフレイルに言われたくはないわよ。





 王宮から迎えの馬車が到着したので、乗り込んで王宮へ。


 それはいいのだけど、なぜミアと公爵夫人が一緒に乗っているのだろう?


「お姉様の応援ですわ! さすがに陛下との謁見の場には同行できませんが! 待機室で応援しています!」


 ミアの場合は心の中での応援じゃなく、実際に声を出して応援しそうよね……。


「わたくしは、あのバカ共がこれ以上リリーナちゃんに迷惑を掛けないよう監視しませんと」


 公爵夫人? その言い分だと謁見の場にもついてきそうな感じじゃありません? いやでもまさかね。さすがにそこまでは許されないわよね。いくらアイルセル公爵家の実質的なボスでも……。


(……こういうときの嫌な予感ってよく当たるんだよなぁ……)


 今までの人生を振り返り、思わずため息をついてしまう私だった。





 王宮に到着後は簡単な身体検査を受け、控え室に移動。国王陛下からの呼び出しを待つことになった。


 で。

 名前を呼ばれ、謁見の間に一歩踏み出したところで。


「ミリアナ!? なぜここに!?」


 国王陛下が玉座から立ち上がり、公爵夫人の名前を呼んだ。なんか知らんけど私のすぐ後ろにいたのだ。


 しかし、ミリアナねぇ?

 貴族としての序列を重視すべき国王陛下が、公爵夫人を名前で呼び捨てにすることなど本来あり得ない。――昔、よほど親しかったなどの場合を除いては。


 謁見の間の壁に沿うように並んでいた貴族たちの反応も様々だ。まだ若めの方々は陛下の態度にざわめいているし、逆に、事情を知っていそうな年齢の方々は「あ~あ……」的な反応をしている。


「陛下。ミリアナ・アイルセル。リリーナ・ギュラフ公夫人の後見人としてまかり越しました」


 後見人?

 それに、リリーナ・ギュラフ公夫人?


 後見人になっていただいたなんて初耳だし、そもそも私は既婚者なので後見人が必要な存在でもない。


 あと、次期ギュラフ公である義理の息子に追放されたので、正式な場で『ギュラフ公夫人』を名乗るのはどうかと……。


 公爵夫人はさも当たり前であるかのような顔で壁際に並ぶ貴族たちの列に加わった。


 おっと突っ立っているわけにもいかない。まずは陛下の元へと移動して、片膝を突いて頭を垂れる。このままの姿勢で陛下からのお言葉を待つのだ。


 最初は取り乱した国王陛下だったけれど、そこはさすが一国を収める器。すぐに冷静さを取り戻した。……逆に言うと、登場しただけで陛下を取り乱させた公爵夫人は何なんだという話になるのだけど。


 ごほん、と。仕切り直しとばかりに咳払いをする陛下。


「――リリーナ嬢。まずは四年前にあの愚か者が行った愚行の数々を、かつての親として、そしてこの国の長として謝罪したい」


「……陛下の御心のままに」


 陛下相手なので言葉遣いにも気をつけないといけない。ここで「謝罪を受け入れますわ」と答えちゃうと周りの貴族から「何を偉そうに!」と反発を買う可能性があるのだ。貴族って他人の揚げ足を取るのが大好きだからね。


「また、公式な謝罪が四年も遅れてしまったことも謝罪しよう。ギュラフ公――いや、故ギュラフ公に止められていたのでな」


 うん?

 お父様が止めていたの?


 私は今頭を下げているので表情の変化は見えないはずだけど、そこはさすが一国を治める存在。私が疑念を抱いたことを雰囲気から察したらしい。


「おそらく、これ以上リリーナ嬢の心を傷つけないようにとの親心だったのだろう」


 親心。

 その発言に少しだけ場がざわついた。どういうことだと。夫婦ではなかったのかと。先ほど陛下が取り乱したときと比べればささやかなものだったけれど。


「皆の者。故ギュラフ公は冤罪で追放されたリリーナ嬢を哀れんでいてな。かつての王太子の命により結婚という手段を執ったが、リリーナ嬢とは白い結婚を貫いていたそうだ。これは教会に問い合わせればすぐに分かるらしい」


 お父様からの手紙にそう書いてあったのかしら?


 そういえば。

 結婚式のそのすぐあとに。結婚式を執り行ってくださった司祭様の前でそんな誓いをした覚えがある。――白い結婚。いわゆる、肉体関係なき夫婦生活。神様の前で誓うからこそ、その誓いには一定の証拠能力がある。


 まぁ、わざわざ白い結婚なんて宣言する人もいないので、ほとんど忘れられた制度らしいけど。


「だが、ギュラフ公も旅立った今、王家としても改めて謝罪するべきだろう。リリーナ嬢、お詫びと言っては何だが、現在の王太子・カインと婚約を――」


 ――破壊音が響き渡った。


 公爵夫人が、手にしていた扇子をへし折ったのだ。


 唐突な破壊行為。

 容赦なき警告。


 次はお前がこうなる・・・・という無言の宣言。


 それを受けて陛下は即座に前言を撤回した。


「い、いや、リリーナ嬢。何か望むものはないか? 余が叶えられるものであれば、何でも叶えてやろう」


 危なかった。

 陛下から『謝罪』を押しつけられては、私としても受け入れるしかなかったから。公爵夫人がいなかったら半ば強引に王太子との婚約を結ばれていたところだ。


≪……まぁ、その場合は容赦しなくてもいいんじゃないですか?≫


≪今のマスターと私が協力すれば、国王を海の中に転移させることも可能かと≫


 物騒な二人に苦笑しつつ、私は陛下に望みを伝えた。


「……夫の冥福を祈りたく存じます」


「…………。……それもそうであるな。よし、余が保証しよう。喪が明けるまでの一年間、何人たりともリリーナ嬢の心を乱してはならぬ。もしそのようなことがあれば、故ギュラフ公を師として仰いだ余を敵に回すと心得よ」


 現状、あなたが一番心を乱しているんですけどね。というツッコミをこの場でできるはずもなし。


 ま、たった一年間とはいえ猶予ができたのは助かった。この一年で色々準備して、いざとなったら国外逃亡も視野に入れましょうかね。




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