第10話 妹


 山賊の仲間もいないようだったので、私は馬車を降り、襲われていた馬車へと向かった。


「リリーナ様。危険ですので……」


「でも、貴族相手なら私がやり取りした方がいいでしょう?」


「……まぁ、正直助かりますが」


 なにせ襲われていた馬車の装飾からして確実に中位から高位貴族だし。ライヒさんも騎士爵だけど、高位貴族の中には騎士爵なんて平民と同じ = 平民が話しかけてくるとは何事だと怒り出す人もいるから。ここは(元)ギュラフ公爵夫人でリインレイト公爵令嬢である私が声をかけた方がいいでしょう。


 馬車に近づき、ドアの前で私はちょっと動きを止めた。


 馬車のドアに掲げられた紋章。貴族の家を示す家紋。


 とても見覚えがあった。

 私の実家とはまた別の公爵家。中にいるのが誰かまでは分からないけれど、この家の人間であれば助けは必要・・なかったかも・・・・・・しれない。


 まぁでもここまで来て回れ右をするわけにもいかないので声をかけようとして……私は少し悩んだ。


 どう名乗ったものだろうか?


 義理の息子に追放されたので『ギュラフ公爵夫人』と名乗るのは後々面倒くさいことになりそうだし、かといって既婚者ではあるので『リインレイト公爵令嬢』と名乗るのも憚られる。


 うん、ここは『現公爵の姉』と名乗っておきましょうか。


「リインレイト公爵の姉、リリーナ・リインレイトです。山賊はすべて撃退しましたので、ご安心ください」


 私がそう声をかけると、恐る恐るといった様子でドアが少し開けられた。


「……リリーナお姉様・・・?」


 お姉様?

 私に妹はいないはずなんだけど……。まさかあのクズ親父がどっかで子供を作っていたとか?


 私がまさかの可能性を考えていると、ドアが勢いよく開けられて――誰かが抱きついてきた。


「あの雷魔法! やはりお姉様でしたのね! お久しぶりでございます!」


「え? え? え?」


 誰ですかあなた? いきなり抱きつかれたので顔が確認できないんですけど? でも声はどこかで聞き覚えがあるような、ないような?







 感激の抱擁をする令嬢(?)をなんとか宥めたあと。いったん離れてもらって顔を確認した。


 いかにも貴族令嬢って感じの白い肌と、金髪。少し垂れ下がった目や瑞々しい唇。お人形さんのように可愛らしい顔つき……。見覚えがある。どことなく見覚えがある。最後に会ったのが四年ほど前だから、その間の成長を加味すると……。


「……ミア? ミアイラン・アイルセル公爵令嬢?」


「はい! お久しぶりですお姉様! 覚えていてくださり感激ですわ!」


「うん、久しぶりね。……じゃなくて。なぜお姉様? 昔はそんな呼び方じゃなかったわよね?」


「はい! あの夜会での断罪と、婚約破棄! 冤罪をふっかけられたにもかかわらず毅然とした態度を崩さず、冷静に反論してみせた勇姿! わたくしはあのときのお姉様に真の貴族としての姿を見ました! ですから親しみと敬愛を込めてお姉様と呼ばせていただいているのです!」


「……あ、そうですか」


 そういえば昔から猪突猛進というか、一度決めたら突っ走る傾向があったわよね。昔を思い出してちょっと遠い目をしてしまう私であった。




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