第5話 別れと、追放
――昨日。お父様が亡くなった。
特に感動的な場面があったわけではない。最期に言葉を交わせたわけでも、奇蹟が起きて意識を取り戻したわけでもない。ただ、ただ、意識のないまま、静かに息を引き取った。
前世を含めればそれなりに『人の死』というものを経験してきたけれども、それでも『親』が死んだのは初めての経験であり。
涙は出なかった。
正確に言えば、泣いている暇などなかった。
この世界にはまだドライアイスなんてものはないけれど、氷系の魔法があるので遺体の保存はできる。できるけど、遺体そのものを凍らせるわけにはいかないのでどうしても限界はある。――三日。三日以内に葬儀をあげなければならなかった。
前世のように車や電車があるわけでもないし、転移魔法は使用者が限られているので、遠くに住む人を待っている暇はない。近場に住む親戚などを中心にとりあえずの葬儀を執り行い、お別れの会というか告別式は王都で大々的に執り行うのが通例となる。
執事長に指示を出し、すぐに手紙を親戚中に送り、王家にも報告して――など忙しく動いているうちに、葬儀当日となってしまった。
そして、葬儀当日。
「――貴様はもうギュラフ公爵家とは何の関わりもない! さっさと出て行け!」
葬儀会場。参列者が注目する中。我が義理の息子(ただし年上)は高らかに宣言したのだった。まったく、葬儀の準備も手伝わないで何を言い出すかと思えば……。
新しい公爵として、前公爵の妻が邪魔だというのは理解できる。それが自分より若い後妻となれば尚更でしょう。
でも、まさかこんな衆人環視の中、しかも父親の葬儀中に追放宣言するだなんて……。
ざわめきに包まれる葬儀会場。参列者の感情としては興味、期待、嘲りが大部分を占めており、私への同情はごく僅かといったところか。
まぁ、私なんて親戚連中からしてみれば『お飾りの妻のくせに公爵家の遺産を持って行く若造』でしかないものね。むしろこの展開は願ったり叶ったりなのでしょう。
さて、どうしたものかしら?
この雰囲気では、たとえ取り乱しての泣き真似をしても無駄でしょう。
お父様が亡くなられた今、私がギュラフ公爵家に留まる理由はない。王都で行われるお父様の告別式をきちんとやり遂げたいという想いもあるにはあるけれど、それは実の息子に任せればいいだけのことだし。
……お父様が亡くなる前に、すでに『夫婦』、あるいは『親子』として必要なやり取りは済ませた。
今、この場にあるのは魂が抜けた亡骸のみ。粗末に扱うつもりはないけれど、無理をしてこだわる必要もない。と思う。
この様子だと遺産の相続もできなさそうだけど……もうすでにかなりの金額・資産を生前分与されているし、公爵家の運営の手伝いに関しては月給をもらっていたので一生遊んで暮らせるだけのお金は持っている……、……あら? もしかしてこういう展開を予想していたのかしらお父様? 老いてもさすがは氷の宰相と恐れられた人物と言ったところかしら?
…………。
お父様とのお別れも済ませて。お金もある。
……なんだ、別に悩む必要もなさそうね。
今まで一緒に働いていた公爵家の人たちのことはちょっと気になるけれど……彼らも私ではなく公爵家に仕える身。雇い主でもない私が心配してもしょうがないでしょう。
心を決めた私は『元』義理の息子と改めて向かい合った。
「では、もはや私はギュラフ公爵家と何の関わりもないと? 離縁されてしまうと?」
「あぁ! その通りだ!」
はい、言質取った。
こんなこともあろうかと持ち歩いている魔導具で録音も完了。
今後、このバカ息子が何をやらかしても私には一切関係ございません。
「――承知いたしました。ギュラフ公爵家のますますのご発展を期待しております」
公爵令嬢時代に鍛え上げたカーテシーを決めてから、私は振り返ることなく葬儀会場をあとにしたのだった。
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