救いの果てに 中編

 右腕の痛みで目が覚めた。

 白い天井が視界に広がり、窓から差し込む柔らかな日差しが部屋を照らしている。   

 恐らくここは、街の医療院だろう。


 俺は意識を失う前の記憶を辿ろうとしたが、断片的な映像しか浮かんでこない。


「あ……目が覚めたんですね」


 優しい声が聞こえ、視界にリリアが入ってきた。

 彼女は俺のベッドの横に座り、心配そうな表情を浮かべている。


「リリア、お前も無事だったか」

「はい。レイさんのおかげで」


 彼女の瞳が潤んでいく。

 その瞬間、意識を失う直前に見た彼女の目の記憶が鮮明に蘇ってきた。

 瞳の奥に宿った、何かの記憶が。


「右腕は……もう」


リリアの声が震える。

俺は右側を見ようとしたが、彼女が慌てて止めた。


「まだ見ない方が……」


 その言葉で全てを悟った。

 俺の右腕は、もうなくなってしまったのだろう。

 魔物の牙が骨まで砕いていたことを考えれば、当然の結果かもしれない。


「私が、私のせい……」

「違う。これは俺の選択だ」


 リリアの肩が小刻みに震えている。俺は左手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でた。


「護衛の仕事を全うしただけさ。それに――」


 言葉を探していると、リリアが突然俺の左手を両手で包み込んだ。

 その手が異常なほど熱い。


「もう大丈夫です。これからは私が……レイさんを守ります」


 彼女の声音が、前とはどこか違う。

 そう感じた時、診察のために医師が部屋に入ってきた。

 リリアは慌てて手を離し、一歩後ろに下がる。


「順調な回復ですね。ここまで良好なのは、リリアさんの献身的な看護のおかげですよ」


 医師の言葉に、リリアは小さく首を振った。


「いえ、これくらい当然です。今度は、私が助ける番ですから」


 彼女は俺の方をちらりと見る。

 その目が、一瞬だけ何かを映し出した気がした。


 それから数日が経過し、俺は少しずつ体を動かせるようになっていた。

 リリアは毎日欠かさず看病に来てくれる。

 薬草の知識を活かした彼女の看護は、医師からも太鼓判を押されるほどだった。


 その一方で、ある違和感も感じ始めていた。


「レイさん、お昼ですよ」


 リリアが持ってきた食事は、いつも手の込んだものばかりだ。


「悪いな、毎日こんな」

「気にしないでください。私の……私だけの仕事ですから」


 彼女は満面の笑みを浮かべる。

 だがその表情には、強迫観念に似た仄暗い感情が見え隠れしていた。


 医療院の他の看護師が俺の世話をしようとすると、リリアは必ず横から割り込んでくる。

 特に若い女性の看護師に対しては、明らかに強引な態度を示した。


「リリア、お前も休んだ方が」

「大丈夫です。レイさんのことは、私にしか分からないから」


 ある夜、うとうとしていた俺は、頬に何かが触れる感覚で目を覚ました。

 月明かりの中、リリアが俺のベッドの横に立っている。


「リリア……?」

「あ、ごめんなさい。寝顔が安らかで……つい」


 彼女は慌てて離れようとしたが、俺は左手で彼女の腕を掴んだ。


「こんな遅くまで、どうしたんだ?」

「レイさんが、私の手を離れてしまいそうで……」


 リリアの声が震える。

 月光に照らされた彼女の瞳には、あの時と何かが宿っていた。

 それは純粋な愛情なのか、それとも別の物なのか、俺には判別がつかなかった。


「私、レイさんのためなら何でもします。だって、レイさんは私だけの……」


 その言葉は闇に溶けていった。リリアは俺の胸に顔を埋め、小刻みに震えている。  

 俺は黙って彼女の背中に手を置いた。

 温かな体温と、かすかな薬草の香りが伝わってくる。


 右腕を失った代償として、運命の歯車は大きく回った。

 それがどんな結果をもたらすのか。

 答えは、まだ見えない。

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