ヤンデレ曇らせ短編集
書鳳庵カルディ
トンビが育てた鷹の巣作り 前編
幼い頃は、自分が特別な存在になれると信じていた。
しかし、現実というのは非情なもので、俺は時が経つにつれて自分が凡俗な人間であることを思い知った。
スポーツに、執筆に、作曲に、ゲームと、打ち込んでみた趣味は数知れないが、結局のところ俺はそれら全ての才能に恵まれなかった。
一定のところまでは順調に成長できるが、すぐに壁にぶち当たり、上の世界の人間を見ては絶望するの繰り返しだ。
かといって、才能がないなりに努力する気概もないのだからどうしようもない。
中途半端に賢しらであったから、がむしゃらに努力することを嫌っていた。
何かに人生を賭けることのできない俺は、実に中途半端な人間であった。
そんなことだから、高校受験も、大学受験もそれなりで済ませていて、就職活動に関しても同様だ。
やりたい仕事などなかったから、残業が少なそうな会社の総合職を何社か受けて、合格した一社に入社した。
社会人になって一人暮らしを始めてからも、これまで通り"趣味で稼いで生きる"という夢を追いながら、だらだらと生きていくつもりだった。
ところが、その考えは甘いことにすぐ気づかされることになる。
社会に出て働き始めてから間もなく、仕事を終えて家に帰ってきた俺には、趣味に打ち込むだけの気力がないことに気がついた。
あれだけ多趣味だったというのに、社会人になってからは趣味の数が減った。
無気力に布団に寝転がり、スマホで動画サイトを眺めているだけで夜を迎える日が増えた。
頭を使う趣味をやらなくなった。
己の身の程を、知ることになった。
先ほども話したように、残業の少ない会社を選んだわけだから、会社が悪いわけではないのだ。
それに、仕事をしながら小説を書いたり、プロゲーマーとして活動したり、動画投稿をしたりして成功している人も世の中には普通にいるわけで。
だからきっと、これは俺の能力不足なのだろう。
とはいえ、夢を捨ててしまっては俺の人生には希望がない。
好きでもない仕事を続けて、それだけに己の気力を捧げて生きる人生は、想像するだけでも寒気がする。
しかし、俺は中途半端な俺自身の能力を見限ってしまっていた。
……親族が死んで、葬式が開かれるという知らせが俺の下に届いたのは、俺がそんな緩やかな絶望の最中にいる時だった。
葬式自体はありふれたもので、何の滞りもなく終わったと言っていい。
ただ、一つだけ問題が残った。
死んだ親族はいわゆるシングルマザーで、子供が一人遺されることになったのだ。
五歳の幼い女の子だった。
無論、当初は関わるつもりなどなかった。
俺は男だし、独り身だし、女児の世話をできるような立場ではなかったからだ。
だからきっと、他の誰かが彼女を引き取るのだろうと考えていたのだが……現実はそうはならなかった。
なんでも、死んだ親族は未婚だったらしく、彼女の父親は不明だというのだ。
おまけに、彼女は独特な雰囲気を纏っていて、葬式の最中も決して表情を崩すことなかった。
まだ五歳児であるのにも関わらずだ。
父親不明の不気味な子供を引き取ることを、親族は誰もが嫌がった。
だから、俺が引き取った。
1Kの一人暮らし用のアパートから、2DKの二人暮らし用のアパートに引っ越し。
大きな冷蔵庫と子供用の食器や洋服を買い。
子育てのために全てを投資する覚悟を決めた。
中途半端な俺の、最初で最後の全力だ。
別に、彼女に何かを期待していたわけではない。
ただ、このまま緩やかに絶望して朽ちていくぐらいだったら、誰かのために俺の人生を捧げたいと思ったのだ。
しかし、狡い大人の鴨にされるのは癪であったから、まだ純粋であろう彼女に俺の全てを捧げることにしたというだけの話だ。
「お兄さん、何か考えてるの?」
「……少し昔のことを思い出してただけだよ」
二人掛けのソファに座ってぼーっと昔のことを振り返っていると、十四歳になった彼女が隣に座って、俺に話しかけてきた。
彼女は、俺のことをお父さんではなくお兄さんと呼ぶ。
恐らくは、本当の父親が別にいるからだろう。
あまり深く考えたことはないし、追及するつもりもない。
相変わらず独特な雰囲気を纏ってはいるが、俺から見た彼女はわりかし普通だ。
勉強が嫌いで、時々悪ふざけをして、子ども扱いされることを嫌い、興味のままに後先考えずに動く。
実に子供らしい。
ただ、青みがかった黒い長髪と整った大きな瞳が、やたら大人びていた。
「ふ~ん。じゃあ考え事は終わりにして、これを見てくれる?」
「何だ? これは……劇団マリッドの入所オーディション?」
彼女が俺に見せてきたのは、劇団マリッドという芸能事務所の入所オーディションのパンフレットだった。
合格した場合、入所金と年間のレッスン料に、それぞれ数十万かかる旨が書かれている。
「本気でやりたいのか? 友達に誘われたとかじゃなくて?」
「うん。ドラマに出てる子を見ててね、私ならもっと上手くやれると思ったの」
「っ、はははっ! そりゃまた大胆な理由だな。分かった、いいよ。やりたいことがあるのは素晴らしいことだ」
「ほんと? やった!」
嬉しそうな彼女を横目に、俺はノートパソコンを使って件のオーディションのサイトを開き、手続きに必要な情報を入力することにした。
最初に入力するのは、当然のことながら彼女の名前だ。
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