第14話

翌日。出社するなり佐藤さんが私に近づいてきた。そして耳元で囁く。

「聞いて!北野くんに正式に告白された」

その声は喜びに溢れていた。色々あった事で、北野くんなりに佐藤さんを支えたい気持ちが強くなったのだろうか。

「そっか。次こそ、幸せになろうね!」


佐藤さんはとても元気そうだ。休み時間に私は思わず、それを和也さんに報告していた。

「それは良かったね」と、彼も嬉しそうだった。

そして思ったのだ。やはりこの能力は人々を幸せにするためにあるのだと。

確かに予期せぬ結果を招くこともあるかもしれないが、それ以上に多くの人を助けているのも事実だ。

もう少し、この能力と向き合ってみよう。


その翌日。会社の朝は、いつもと変わらない雰囲気から始まった。私は机に向かい、昨日の続きの仕事に取り掛かろうとする。

「みんな、ちょっと集まって」

部長の声が響き、社員たちがおもむろに立ち上がる。私もそれに習い、部長の方を見る。


「今日から、新しい仲間が加わることになった。みんなで歓迎してやってくれ」

部長の横に立つ若い男性に目をやる。黒髪をさらりと後ろに流し、切れ長の瞳は鋭い光を湛えている。

和也さんとは異なるタイプの、いわゆるクールイケメン というやつだ。スーツの着こなしも様になっていて、思わず見とれてしまう。


「天道翔太(てんどう しょうた)です。よろしくお願いします──」

凛とした声が響く。天道翔太。自己紹介によると、私よりも一つ年下のようだ。つまりキャリアはそんなに変わらないはずだった。

しかし、その佇まいはどこか自信に満ちていた。


「天道くんは他支社で素晴らしい成績を収めてきた。若いけれど、皆さんも見習うところがあるはずだ」

部長の言葉に、社内がざわめく。他の新入社員たちが、羨望と若干の嫉妬の入り混じった目で天道を見つめているのが分かる。

なるほど、自信に溢れてるはずだ。


「では、暫く佐藤さんについてもらおう。佐藤さん、よろしく頼む」

「はい、分かりました」

佐藤さんが答える。天道くんは佐藤さんの元へ歩いていった。その姿は、まるでランウェイを歩くモデルのようだ。仕事間違えてない?


「佐藤さん、よろしくお願いします」

にこやかに微笑む彼に、佐藤さんが少し頬を赤らめるのが見えた。おいおい。大丈夫か?と思わず佐藤さんの運命の糸を見てしまう。

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」と佐藤さんも笑顔を見せる。

二人が話し始める様子を眺めながら、私は天道くんの運命の糸を見ていた。このクセ治さなきゃ。


彼の糸はなんだか薄くて、霧の中を漂っているような感覚だった。意外とあの自信は虚勢なのか?

「紡木さん」

突然、天道くんが私に話しかけてくる。

「はい?」

「噂では、紡木さんがこの部署のエースだと聞きました。ぜひ、いろいろ教えてくださいね」

「いえ、そんなことないですよ。でも、分からないことがあれば聞いてください」

「ありがとうございます!」

とても真面目で、良い人そうだ。


挨拶を終え、彼は佐藤さんの元へ戻っていく。その姿を見つめながら、私は何となく思った。この人は、ただの優秀な新人ではなく、色々と努力してるのだと。

そう思った瞬間、彼が振り返り、私と目が合う。

ニコリと微笑まれ、私は慌てて視線を逸らして、パソコンの画面に目を落とした。

心臓が早鐘を打っている。なんとなく和也さんを思い出して、罪悪感に包まれた。


その日の昼の会議。緊張感が漂う中、部長が新規イベント企画の発表をした。

「では次に、紅月電子社のeスポーツトーナメント企画だけど。佐藤さん、どうなってますか?」

「はい。そちらは順調に進んでます」

部長の言葉に、佐藤さんが立ち上がる。そしてテキパキと進捗の報告をした。


最近、忙しそうに見えたのは、結構な大型企画を任されていたからだろう。そして彼女は北野くんと付き合いだしてから、やる気に満ちている。恋の力は凄い。


それから1ヶ月が経ち。この短期間で会社の雰囲気は大きく変わった。

特に目立つのは、佐藤さんの躍進だ。最初のeスポーツトーナメントは大成功を収めた。予想を遥かに上回る観客動員と、オンライン視聴者数を記録。

企業スポンサーからの引き合いも殺到した。その後も、佐藤さんの手がけるプロジェクトは次々と成功を収めていく。


「すごいわね、佐藤さん」

同僚たちの賞賛の声が飛び交う。佐藤さんは照れくさそうに笑う。

「いえ、天道くんのおかげです」

確かに、天道くんのサポートは完璧だった。的確なアドバイス、緻密な計画。そして何より、どんな困難な状況でも最終的には好転させていく。彼の評価は急上昇しているのだ。


私は、この急激な変化に戸惑いを感じていた。佐藤さんの運命の糸を見ても、以前のような失敗の兆しは全く見えない。

ただ気になるのは、佐藤さんと天道の糸が強く結びつき、輝いているように見えた事くらい。

「紡木さん、次のプロジェクトの相談があるんだけど」

佐藤さんが笑顔で近づいてきた。


「もちろん」と、私は佐藤さんの話を聞きながら、彼女の様子を観察していた。以前よりも自信に満ち溢れ、目が輝いている。

しかし、何か腑に落ちない。あーあ、いやだいやだ。私は彼女の活躍に嫉妬してるのかも。


その数日後、社員食堂で昼食を取っていると、佐藤さんと北野くんの言い争う声が聞こえてきた。

「なんで昨日、僕との約束をすっぽかしたの?」

「ごめん、仕事が忙しくて...」

「最近、そればっかりだね...」

私は思わず耳を澄ませていた。佐藤さんの運命の糸を見ると、以前より北野くんとの繋がりが薄れている。


「大丈夫かな...」

つぶやきながら、私は不安を感じていた。きっと北野くんも同じように思ってるかもしれない。


その日の夜、和也さんと食事に出かけた。彼とのデートも数を重ねており。私も今では自然な感じで接する事が出来ている。

それ故にか、私の頭は彼といても違う事を考えていた。

「詩織、どうかしたの?」

彼に心配そうに尋ねられ、少し驚く。ダメダメ、せっかく一緒にいるのに。


「ごめんなさい、ちょっと仕事のこと考えてた」

「佐藤さんのこと?」

最近も、電話で佐藤さんの変化について話していたのだ。佐藤さんの急激な成功、天道くんの存在感の増大、そしてそんな二人の関係。

「うん。私の勘違いかもしれないけど、やっぱり佐藤さん。天道くんに惹かれているような...」

和也は真剣な表情で聞いていた。


「詩織、君は佐藤さんの友達だよね?」

「うん...」

「だったら、率直に話してみたらどう? 佐藤さんも、誰かに相談したいと思ってるかもしれないし」

和也の言葉に、私は少し安心した。どんな事でも彼は私の話を嫌な顔一つせずに聞いてくれる。本当に私は幸せ者だ。

それ故に、もう一度、彼との結婚を自分で結び付けようか...なんて、ズルい事まで考えてしまう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る