第15話 運命の人
街で偶然出会った絶世のイケメンは、私の腕を掴んで真剣な顔でこう言った。
「…何処かで俺と会ったことありませんか?」
意味が分からず、私は暫く停止した。もし見えるならNowLoading…の文字とくるくる回るアレが私の頭の上に表示されているだろう。
「……は?」
いや、ホントにこれ言う人いるんだ?!フィクションの中にしか存在しない言葉だと思ってた!
いや、待って、さすがにこれゲリラ的なドッキリなんじゃね…?
私は秒速でその答えにたどり着くと、前後左右を確認した。急に忙しなくキョロキョロしだした私に、イケメンは若干驚いたように目を丸くする。
「えっと…?」
「……」
目視で確認出来る範囲に怪しい集団がいない事がわかると、私は改めてイケメンが掴んでいる腕を見た。ガッシリ確保されている。
いくら私が『地味で誂いやすそうな女』と言えど(そこは認める)、初対面の女性の腕をいきなり掴んで離さないのはどうなの?
ちょっと冷静になったらなんだか腹が立ってきた。めちゃくちゃ悪態ついて展開的に面白くなくしてやろうと、渾身のムッとした表情を作り視線を上げる。強気だ!強気でいけ!
その途中でイケメンが首から下げている社員証が目に入った。あれ?社員証と言うことは、近くのオフィスに勤めている人なの?
「…もり、りおん…」
無意識に口に出ていた音は、なぜか懐かしい様な口に馴染む感覚がした。その声を聞いたイケメンは、安心した様に腕を掴んでいた力を弱める。
「はい、俺の名前です。」
嬉しそうに優しい声で言う。その声に導かれる様に自然と彼の顔を見た。黒い瞳を細めてふわりと微笑む様子は、わかっていたけど破壊力がすごい。
『チア…さ…』
瞬間、ノイズの様に何か見覚えのある光景がフラッシュバックする。黒髪の男性が私に向かって愛おしそうに微笑んでいる。顔はよくわからないけど、知っている。この人は誰?
胸の奥がギュッとなる感覚は割と最近体験した気がするが、思い出せない。彼を見つめたまま、左手首に触れる。
イケメンに見つめられ、ドクドクと鼓動が速くなって思わず視線を逸らす。なんかヤバい、こういう時どうすればいいんだ?
私が俯いて動揺しているのを誤魔化していると、それを知ってか知らずか彼は、引き止めるために掴んでいた手を腕から離したかと思うと、いつの間にか両手を握っていた。
「ヒェッ?!」
「緊張しているんですか?フフ…可愛い…」
「〜〜〜ッ」
乙女ゲームか少女漫画でしか聞いたことない糖度のセリフが自分に向けて発せられている事態に理解が追いつかない。
偶然ぶつかったイケメンが口説いてくるとか、あり得ないだろ!こんな事そう何度も起こっていいイベントじゃないって!
「…ん?何度も…?」
どこか既視感のある焦りに疑問を感じた。なんか、前にも似たような感じで慌てた様な気がする。俯いたまま考えているとフッと、さっき中野さんが言っていた言葉が甦る。
『運命の人っているんですねぇ』
『運命の人』は目があった瞬間にわかるらしい。
それを考えた時にあの人の顔が思い浮かんだ。黒水晶の瞳をした、彼の顔…そして声。
頭がぼーっとして考えがまとまらない。お酒に酔った時の様にフワフワと甘くて気持ちいい感覚に立つことさえ覚束なくなってきた。
彼はそっと私の肩を抱き、耳元で甘く囁く。
「ずっと俺と一緒にいましょう?ここでならあなたをずっと甘やかしてあげられますよ。嫌な事は何も起こりません。あなたはただ楽しく過ごしていればいいんです。」
「一緒…に…?楽しく…?」
「ずっと一緒です。だから、さぁ…俺を、この世界を受け入れて?」
微睡みに誘うような、心地よい囁きが思考を奪う。自然と口が何かを紡ぎ出そうと、その形を作っていく。
「さぁ…」
「……リ…」
彼は私を腕で閉じ込めるように囲い、ニヤリと笑う。
イケメンの甘い囁きでフワフワする頭の中に、スライドショーの様に沢山の場面が浮かぶ。それと同時に段々と記憶の中の『彼』が鮮明になっていく。
『チアキ様』
『安心して俺に愛されて下さいね』
さっきからフラッシュバックする黒髪の人の顔が徐々にはっきりとしてきた。記憶の中で何度も聞いた声、そしてずっと左手首に感じていた違和感の正体が今、わかった。私をずっと守ってくれていた『彼』は…
大切なものは、ずっとそこにあったんだ。
「…違う」
初めて会った満月の夜、街での買い物、森で花を探して歩いた事や、あの祭りの夜の出来事、そして、この気持ちを自覚したキャンプの夜…どの思い出にも必ず私と『彼』がいる。それは…
私は渾身の力で目の前にいる人を押し退けた。
「アンタは私の『
その時だった。
バチン!と爆ぜるような音が響いたと思うと、私は彼から少し離れた所にいた。衝撃で意識を取り戻し彼を見ると、私を抱いていた彼の腕は二の腕の辺りからバッサリと切られ、何かモヤのような物が噴き出している。しかも、周りの景色もぐにゃりと歪んでどこともわからないぼんやりした空間に変わった。
「えぇ?!」
「……ッ」
彼は私の足元を忌々しげに見た。気になって視線を辿ると、私を取り囲むように、いくつもの光を放つ黒い球が数珠状に浮かんでいる。
ハッとしてポケットを触ると、確かにそこにしまっていたモリオンのビーズがない。しかも、さっきまで着ていたダークグレーのスーツは、いつの間にか
「えっ?あ…戻って…る?」
じゃあ、この黒い球はもしかして…
「…リオ?」
呼びかけるように呟くと、黒い球はより一層強く光を放った。そして、思い出の中と同じ声がすぐ近くで聞こえる。
「はい、チアキ様。あなたの『リオ』です」
見上げると、黒水晶の瞳の精霊が優しく微笑んでいた。私は本物が現れたことに安心して、リオの袖を握る。本当は抱き着いてしまいたいけど、ぐっと我慢した。
(良かった、本物だ…)
リオは私の頭を何度か撫でると、少し離れた所からこちらを見ている彼…偽リオを睨んだ。相変わらず彼の二の腕からは黒いモヤが絶えず溢れている。あのモヤは何…?
「あと少しだったのに…」
「『あと少しだった』?まさか(笑)」
リオはククッと小さく笑った。
「元の世界で俺のフリをしてチアキ様に近づくのはいいアイディアでしたけど、そもそも初めから綻びが出てましたよ?」
リオは偽リオを見下したようにふんぞり返って言った。
「なに…?」
そう言えば、確かに元の世界で目覚めた辺りからを思い返してみると、所々に違和感を感じていた様な…。お守りのブレスレットが無かったり、職場での待遇が余りにも違ったり、あり得ない事があり過ぎたよね…等と、自分なりに考察していると、傍らのリオが自信たっぷりにキッパリと言い放つ。
「目が覚めたときから側にいて、チアキ様の生活全てを俺が管理して、俺がいないと生きていけない位にドロドロに甘やかす位は当然やってもらわないと…」
「…は?」
「せっかくあの世界での体を手に入れたのに、なぜ途中から出会う必要が?そもそも初めから関係を持ってしまえば良かったのに、勿体ない…」
「って、オイオイオイィ!!」
突然の設定へのダメ出しにポカンとする偽リオはお構い無しに、ツラツラと持論を展開する本物。私はリオの発言を理解するのに少々時間がかかってしまったが、身も蓋もない発言に慌ててツッコミを入れた。
「…………」
えぇ…?みたいな困惑と呆然を足して2で割った様な微妙な表情の偽リオは、改めて私の方を見つめた。心なしか『お前、こんなんがいいの?』という憐れみみたいな視線を感じる。
偽リオの視線もわかる。思わず大声でツッコミを入れる程度にはやべぇ事言ってるなと思う…でも、私はリオの発言に『らしさ』を感じでしまっていた。確かに、リオならそうなってないのが不自然な程にしっくり来てしまう…!
更にリオは自信たっぷりに微笑む。
「あまり邪魔をする様なら、次は容赦なくぶった斬りますよ?」
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