第3話
昨日の、夜景が見える場所から車ですぐのホテル。郁美はスマートフォンの通知音で目を覚ました。美幸からかと思ったメッセージは、母親からのものだった。
(頭がボーッとする)
郁美はため息をついて目を閉じた。美幸からは、いつ連絡がくるのだろう。
郁美の体に回されていた腕に力がこもる。キリヤが目覚めたらしい。キリヤの指が、郁美の体を這っていく。背中にキリヤの呼吸を感じながら、郁美は声をこらえた。
「連絡、誰から?」
「っ、お母さん、から、」
郁美の体を這い回る手が止まる。
「お母さん?なんて?」
キリヤに覗き込まれて、まだ読んでいなかった母のメッセージを開く。
「うえっ」
郁美の喉から変な音が出た。
『今どこにいるの?いい加減帰ってきなさい。帰ってこないなら警察に通報します』
母の怒りの声が、耳元で聞こえた気がした。
ここ何日か、郁美はキリヤの家で過ごすばかりで自宅に帰っていなかった。何度か母から連絡があったが、その都度友達の家にいると伝えていた。
友達って誰なの?名前は?住所はどこなの?
連続で送られてくる母からのメッセージに、面倒になった郁美は見なかったことにしていた。そうしたらより、面倒なことになってしまった。
「支度して、すぐ出よう」
キリヤに促され、郁美は慌てて身支度を整えた。
「おかえりなさい。やっと帰ってきたわね」
郁美の母は、眉間にしわを寄せて郁美を出迎えた。
「連絡もしないでまったく。心配したのよ?」
心底心配していたのだろう。母は大きな、安堵のため息をついた。
母に、思っていた以上に心配をかけてしまっていたようだ。
きちんと連絡しておけば良かった
郁美は今更ながら、連絡を怠ったことを後悔した。郁美の母は、笑顔を浮かべて郁美の隣を見る。
「あなたがキリヤ君かしら?」
「初めまして。今日は突然お邪魔してすいません。これ、たいしたものじゃないんですけど」
「まぁ!お気づかいいただいて。いえいえ、お会いしたいと思ってたの。さ、どうぞ上がって」
郁美の母が、郁美とキリヤを家の中へと促す。
ホテルを出る前。郁美が母に電話口で叱られていると、キリヤが空いている郁美の耳元で囁いた。
『お母さんが良ければ、俺も家に行っていい?きちんと挨拶したい』
郁美が母に伝えると、
『ぜひ、来ていただきなさい。気をつけて帰ってきて』
電話はすぐに切れた。
母も来客の準備をするのだろう。母からの小言から開放された郁美は、体を撫で回して来るキリヤの手を払い落として帰宅の準備をした。
誰かを家に連れてくるのは中学生ぶりかもしれない。
少し緊張しながらリビングに入ると、郁美の父がソファに腰掛けて待っていた。
「おかえり」
そういえば今日は休日だった。父も仕事が休みで家にいたようだ。
「初めまして、キリヤです。郁美君と、仲良くさせていただいています」
「こんにちは。すごいな、身長高いね」
郁美の父が立ち上がり、キリヤを見上げる。父が背を比べるように手のひらを動かすと、父の頭はキリヤの肩ぐらいだった。
郁美の父は、キリヤに腰掛けるよう促す。父も改めてソファに腰を下ろしたあと、郁美に向き合った。
「郁美、あんまりママに心配かけちゃだめだぞ?パパも大学生の頃は友達の家で毎日徹夜で麻雀して帰らなかったから、気持ちはわるけど。楽しいんだよなぁ、友達と夜更かし」
「お父さん。ちゃんと叱ってちょうだい。キリヤさんにご迷惑おかけしてるのよ?」
母が、父の膝を叩く。父は、ごめんごめん、と頭をかいた。
さっきも電話口で謝ったが、母はまだ怒りが収まっていないらしい。しつこい母に、郁美の口が尖ってしまう。
「もっと早くご挨拶に伺うべきでした。申し訳ありません」
郁美が口答えしようと思ったら、キリヤが頭を下げた。
郁美も郁美の両親も、目を丸くしてキリヤを見る。
「話し相手ができて、つい引き止めてしまいました。すみません」
「あ、いえ、そんな、顔を上げて、ね?」
母は慌てて両手を振った。まさかこんな風に謝罪されるとは思っていなかったのだろう。もちろん郁美も。父は驚いたまま固まってしまっていた。
そんな中、郁美の中で疑問が生まれる。
そういえばキリヤの両親は、どんな人なのだろうか。
『一人暮らしで超ヒマだから。いつでも来ていいよ』
初めてキリヤの家に行った日にキリヤが言っていた。今までどんなふうに過ごして、いつから一人でくらしているのだろうか。
「ねぇ、キリヤのお父さんとお母さんはどこにいるの?あのマンション住めるし、お父さんお母さん、お金持ち?」
「どこにいるんだろ。会ったことないからなぁ。子供手放すくらいだから、金はないと思うけど」
郁美の不躾な問いに、母が叱りつけようと口を開いたが、言葉は出なかった。
キリヤは幼い頃、施設に預けられたまま両親とは会っていないらしい。
「あ、ちゃんと働いて金貯めてビル買ったらうまくいってあそこに住んでるから。小金はあるけど、法には触れてませんので」
後半は両親に向けて言ったようだ。郁美の母は、うんともええともつかない曖昧な返事をした。郁美も初めて聞くキリヤの生い立ちは、あまり身近で耳にするものではなかった。両親の表情を見て、変なことを聞かなければよかったと、郁美は後悔した。
「なんか、ごめん」
知らなかったとはいえ、雑な聞き方をしてしまった。素直に謝る郁美に、キリヤは微笑む。
「いや、全然。働いてたとこの社長に薦められて大学入って、その時にあのお姉様と知り合ったんだよ」
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