亡国王女は人型兵器《エクステンド》に夢を見る

睦月稲荷

prologue 機械が滅びる日

「この…! 穢らわしい人間どもめ!! 私たちの復讐を邪魔するなぁぁぁ!」


 底知れない憎悪と共に、その身を取り押さえようとした軍人六人の顔を蹴り砕く。

 均整の取れた美しき顔、何物も魅了せんとする光沢のある黒髪。銀鈴の様な声色からは想像もつかない悍ましき怨嗟の声と暴力が、純白の若き軍人たちに叩きつけられていた。

 見た目は中性的な人間だがその『完璧さ』は人間からは程遠く、そして振るわれる『力』も人間の領分を遥かに超えている。


「アイリス! もうやめてくれ! 戦争は終わったんだ!」

「うるさい黙れ! それはお前たち人類側の都合だろうが! 私の戦争復讐はまだ終わっていない!」

 

 アイリスと呼ばれたソレは地を這いそうなほど身を屈め、言葉で訴えかけてくる金髪碧眼の司令官を排除しようと迫る。

 その前に司令官を守る為に軍人がアイリスの前に立ちはだかるも、それに意味はない。

 アイリスが両手で地表を撫でると、その軌跡を辿る様に無数の弾丸が形成され、ものの一瞬で完全武装の軍人たちを貫いた。

 宙を舞う血飛沫。物言わぬ人形と化した死体がべちゃりと倒れ、死屍累々の一つと化す。

 

「レストアーデ、もう話し合いは無理だぜ! それだけのことをオレたちはアイツらにしちまったし、もう落とし所を作ることは不可能だ。これは人類と奴ら『人型兵器』の生存戦争なんだからよ。仕方ないことさ」

「くっ……! これは、仕方ないで済ませて良いことじゃない……! アイリスを生み出したのはボクたちのエゴなんだぞ」

「それでもだ。周りを見てみろ。アイツを壊さない限り、オレたちの平穏は戻ってこねぇんだ」


 荒れ果てた光景。ビル群が破壊され、ここら一帯の地面は草木一本も生えない様な更地とかしている。

 それでもなおアイリスは破壊行為を止めない。確実に人類を滅ぼすべく今度はミサイル級の弾丸を何百発と形成し、アトランダムに放った。

 まさに暴虐の権化。爆炎と爆風が舞い、仲間たちが死んでいくのを見てレストアーデの覚悟が決まった。


「——ッ!?」


 蒼く輝き、目まぐるしく動く機械の眼球が膨大な炎を手に宿したレストアーデをロックオン。

 視界から得られる情報量から脅威度を計測し、アイリスは即時排除行動に映る。それを阻むは、命を賭して時間稼ぎをする軍人たち。

 彼らは一列になって両手を前に翳すと、高速で動いていたアイリスが急停止する。


「念動力……?」


 ——意識拡張領域念動力。戦闘データ2068を参照。インストール完了。


 耳に届く機械音声と同時にアイリスの口端が凄惨に歪み、動きを再開させる。


「ハッ! 雑兵がいくら集まったところで、無意味! この程度の拘束で私が止められるかぁぁぁ!」


 十数人がかりで行われる強力な拘束を力づくで破ると、腕の人工筋肉が剥がれて中から鉄の腕が出てくる。

 機械であるアイリスに痛みはなく、事もなげに動くと、腕から発せられた電気と共に莫大な砂鉄が巻き上げられ鉄腕に絡み付く。

 生み出されたのは身の丈を超える黒鉄の巨腕。角ばって無骨な腕は、一つ波紋を起こすと滑らかに曲線美を描き始め、指先が鋭利に尖る。

 それを思いっきり振り下ろすと、『巨爪』が人間と共に大地を五つに切り裂いた。


「クソッ! デタラメすぎるぞ…! レストアーデ、早く準備を整えろよ!」

「分かってる!」

「もらっ——」


 ――と、あまりの威力に地面が耐えられなかったのだろう。深く刻まれた地面は力場を失い、アイリスを中心に勝手に崩れてクレーターが出来る。


「んなっ……! こんな時に……!」


 驚愕に双眸を開くも、アイリスは音もなく着地。即時行動はいつでも可能だ。それでも、この僅かな時間がアイリスにとって致命的な隙となる。

 見上げた視線の先には、太陽にも似た炎の塊があった。

 そしてそれを生み出しているのは、『私』を作った男。粉も残さぬほど破壊し尽くさんとする炎を放ちながら、その顔には同情が浮かんでいた。

 それを見て、『私』の人類への怒りのボルテージが一秒ごとに上がっていく。


「このッ……! お前たちはいつだってそうだ! 勝手に生み出し、自分たちにとって脅威だと思ったらすぐに不必要と断じて廃棄する! これはお前たちが望んだ力というのに! お前たちがそうじゃなかったら、私もこんな『感情』を抱かずに済んだんだ!」


 怒りをあらわにするアイリスにレストアーデは悔恨の念を滲ませながら語る。


「……うん、そうだね。だから、赦しは請わないよ。最初の『機人エクステンド』たる君にはボクたちに復讐する権利がある。少なくともボクはそう思う」


 レストアーデは一瞬だけ目をつむり、次に碧眼の双眸を開くとそこにはもう後悔も哀れみもない。

 あるのは、『人類代表の一人』として人類の敵を排除する強い覚悟だけだった。


「でも、……そう。パイルの言った通りこれは生存戦争なんだ。君たちの正義を認めることになれば、ボクたちの正義を否定してしまう。それは人類の代表の座に立つボクたちがとってはならない行動なんだ」


 まるで自分を納得させるかの様に彼は滔々と語っていく。


「そんな身勝手なことを……!」

「……それが人間だからね。何億の人間たちの正義とこの場にいるたった一体の君の正義。比べるまでもない」

「偽善者め…! だったら何で私たちに『感情ユニット』なんてモノを取り付けた! それがなけりゃ、きっとこんなことには……!」

「かもしれないね。規定されたアクション感情しか発せられないとはいえ、AIに感情を入力できるようにしたのはボクたち人類にとって最悪の『罪』だったと思うよ。だから今から行うのは、ある意味贖罪でもあるのかな」

「————」


 その言葉を聞いて、途端にアイリスの中を駆け巡る『情報帯』。殺意・悲哀・憎悪・嫉妬・後悔・空虚・優越感・劣等感——そして歓喜。

 感情の濁流がアイリスへと集約されると、その双眸からオイルが流れ、途端に笑みがこぼれた。


「あぁ……。今ようやく、分かったよ人間……! これがなんだ……!」


 今まで単一の感情しか理解しえなかったアイリスが、ここにきて複合的な感情を理解アップデートする。

 クレーターの底で叫び、アイリスは出力の増した動力源からエネルギーを迸らせる。過剰なまでのその出力は、身体から電気を漏れ出ださせ暗い底に明かりを彩った。

 エネルギーが右腕に集約されていく、まさに最後の一撃。


「なら、を解放しなくちゃなぁ!」


 それに対応するは、レストアーデに並ぶ四人の人類代表。 


「やるよ、みんな。最後の仕上げだ。——オスカリアス」

「おうよっ」

 

 浅黒の偉丈夫が手を掲げ、音を切り裂く雷を生み出す。


「トルル」

「はいなっ!」


 小柄な金髪の少女が杖を掲げ、海にも見紛う水球を生み出す。


「クリュータリア」

「……ええ」


 長い緑色の髪を靡かせる淑女が躊躇いがちに両手を広げ、全てを飲み込む竜巻を生み出す。


「ダラレイア」

「あいあい」


 少年の様な男が凄惨な笑みを浮かべながら人差し指を立て、万物を破壊し尽くす隕石のごとき巨岩を天に生み出す。


「これがボクたちが得た『人類の力』だ。しかとその身で味わうといい」


 黄昏の太陽よりも遥かに明るく見える純粋な炎としての高密度のエネルギー。それと同等以上の質量が合計五つ。

 それと比べたら、アイリス一人が放つ出力は子供の児戯の様なモノ。

 空気の壁を破壊しながら、ソレはアイリスに放たれた。


「このッ……!」


 言葉を返す間もなく、アイリスは莫大な自然エネルギーに飲み込まれその身がドンドン破壊されていく。


「ぐぐぐぐぐ……! うおおおおおお!!」


 絶叫と共に右腕を振るうと、放たれた自然エネルギーをかき消すことに成功。それでも代償は重く、かろうじて生き延びられたが左腕・右脚・左脚は捥げていた。

 十数メートルに及ぶ巨大なクレーターの中心で蹲るアイリス。もはや立ち上がることすら不可能だった。

 と、宙に浮かんだレストアーデが手をかざすとボロボロのアイリスが浮かび上がり目の前へと連れてこられる。


「こ、の……!」

「……さらばだ、アイリス。今まで人類に仕えてくれて本当にありがとう」

「ふ、ザ……け……な……。ワ、わた、私は……い、つか……おま……人ル……を——」

「————」


 最後まで聞かず、レストアーデは心臓動力源を抜き取った。

 アイリスの蒼い眼が色を失うと、そのまま崩れ落ち機能は完全に停止。クレーターの中へと墜ちていくのだった。


——機人エクステンドによる死者総勢、三十二億四千六百五人。世界大陸メルトメトラの地図の七割が描き替えられた戦争はこれにて終了。

 残された人類は未来永劫の協定を結び、二度と同じ過ちを犯さない為に『超高度機械文明』を自ら手放すことを決めたのである。


「さぁ、始めよう。機械に頼らない、新しい人間たちの世界を——」


 日が沈み、暗く染まりゆく破壊の痕が残った世界。少し見渡せば、バラバラになった人の四肢と機械の四肢が入り乱れながら割れた血染めのコンクリートに突き刺さっている。

 それはさながら空虚な墓標か。その間を縫い、オイルと血が混ざった液だまりを踏みつけ生き残った人類たちは前へと歩みを進めていく。

 弾けた液体はやがて大地に吸い込まれ、失われることなく、時を重ねて新しき世界に受け継がれていくのだろう。


 ——その先に、犠牲に見合うほどの、心奪われる美しき景色が広がっているかはまだ分からない。

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