第7話 検証性

 夜襲の初手に成功したアルディラ兵だが、ランドン兵の応戦に徐々に劣勢になっていく。


 山道から山荘に突撃した部隊もシドやゴーレムに阻まれ、そして屋根から弓を放つレイ、闇の中で戦うマリ、更には同様に闇に紛れて戦う黒い犬に苦戦させられている。


 レイはこの戦いの途中、屋根の雪が崩れ、雪と一緒に落ちて気を失っている。幸いにも無事であった。宮廷魔法使いも、ランドンの負傷兵の救出で魔力切れ。ランドン兵らも矢が尽きかけ、白兵戦を繰り広げている。


 山荘側は善戦こそしているものの、多勢に無勢で、徐々に後退を余儀なくされた。

 山道からの突入だけは防げているものの、時間の問題と思われた。


 その時である。


 事態は思わぬ方向に急変する。

 アルディラ兵が攻め寄せるその山道を塞ぐように、雪崩が起き、かなりの兵が雪に埋まる。これをシドの仕掛けた罠と見る小説も多いが、恐らくこの後に続く偶発事の一環だろう。


 その雪崩の中から、サラマンダーが出現したのだ。

 これこそ作り話だとする歴史家は多いが、現代の科学でなら、この時のサラマンダー出現には信憑性があるとする説もある。


 サラマンダーはトカゲ族水棲目に分類される動物であり、その特徴は、毒袋の代わり油袋を持ち、火を吹いて相手を威嚇するところである。

 砂漠などに棲む乾棲目とは違い、おとなしい。

 今や絶滅危惧種に指定されているが、当時は役に立たない厄介者として駆除されていた。近年、サラマンダーが「野焼き」と同じ効果をもたらしていることが分かり、

水棲サラマンダーのいる森は豊かな森である証拠とされている。


 銀嶺サラマンダーは、この銀嶺山周辺にしか生息しない水棲サラマンダーの一種であり、サラマンダーの中でも特に大きいが、滅多に人を襲ったりはしない。


 また近年の研究では、トカゲ族には珍しく、メスには母性があると言われており、自分の子供がある程度まで大きくなるまで一緒に暮らし、はぐれた子供たちをいつまでも捜し続ける習性があるとされている。この特徴は、同じトカゲ族でも南方に棲むリザードマンら、知能の高いものにしか見られず、研究者の興味を集めている。


 サラマンダーの多くは冬眠をする。銀嶺サラマンダーも冬眠をすることが確認されている。


 これが冬眠をせずに越冬するには、二つの条件が必要とされる。


 ひとつは常に十九度以上に保たれた暖かい水である。

 山荘近くには冬でも凍らない温かな湧き水が存在しており、また川も冬場は凍らないことが分かっている。これによって冬でも活動できるサラマンダーがいることは分かっている。


 もう一つの条件は、冬を越すのに十分な食料を確保している必要がある。

もともと、この類の動物が冬眠状態に入るのは、餌が手に入らないことによる仮死状態で、春を待つ生存戦略とされる。


 この銀嶺サラマンダーは雑食性であるが、特にタンパク質の確保は必須になる。

 記録によると、ここに現れたサラマンダーは人が四人ほどの大きさと記録されているので、十分に成獣だ。この大きさであれば、鶏なら八十羽、山豚であれば十五頭、銀嶺鹿だとしても十頭。人間なら三十人ほどの肉が必要になりそうだ。


 しかし、そこまでの豊富なたんぱく質の確保はこの銀嶺山ではとても厳しいことだということも分かっている。但し、上流地域に硫黄ガスが発生する場所があるなど、動物が急死しそうな環境もある。


 その年は偶然にも、そのような死肉が、川を漂っていたのだろうと推測されているが、その条件を満たすには、相当の偶然が重ならないと可能にならない。


 この条件の厳しさから、「黒幕とされるモッティが密かにサラマンダーを飼っていた」とする説もあるが、それによって自身が動かした部隊が全滅しかかっているのだから、その説は推せない。


 ともあれ、戦いの最中に矢が当たったのか、それともあまりの煩さに冬眠しかけたサラマンダーが活動を始めたのか、突然すぎて魔法防御もできない兵士らにサラマンダーらが次々と襲い掛かった。


 たちまち、吐かれた炎によって兵士らが焼死していったようだ。

 野生動物の怖さを今更語るべくも無いが、想像するだに、身震いするほどの惨状だったことに違いない。


 サラマンダーは吐炎しながら木々の間を移動し川を渡り、動くものを襲い続けた。

サラマンダーは炎を恐れないため、既に燃え始めている木などにも全く躊躇しないが、一方で人間側は燃え盛る樹木を避け、雪に足を取られて逃げ遅れ、より暗がりに逃げようとしたため、特に近衛騎士団は多くが焼死か崖からの転落し、幸いにして生き残った者もひどい火傷を負うこととなった。


 国境警備隊に至っては雪崩による生き埋めの後に、サラマンダーの火に焼かれたものもいれば、噛み殺されたものまで存在している。


 対岸にも焼死体が多く、国境警備隊隊長のミッツ・ライトヒルも焼死体で見つかっている。

 結局、アルディラ兵のうち、ランドン兵との戦いで死んだ者は意外と少なく、サラマンダーの手によって大半が亡くなっている。

 しかしながら、アルディラは死者を事故死ではなく戦死とし戦死者全員に慰労金を出している。このことからも参加人数は正確に割り出せている。


 ちなみに銀嶺サラマンダーは、気が高ぶった時は、死体を「見せしめ」として放置することがある。

 自らの炎で焼いた肉には興味を示さず、腐肉や死蝋化した死体を好むため、襲撃者の死体は荒らされることなく、事件後に克明に死因が記録されていた。


 ランドン兵らはシドの納屋や倉庫、あるいはカマクラの中に逃げ、難を避けた。ランドン兵の死因の大半が近衛兵や警備隊との戦いによるものである。


 この最中、残念なことに山小屋の消火ができずに、消失させてしまっている。

 最終的に、魔法武器を持っていたミフネフォールド、シド、宮廷魔法使いの善戦でサラマンダーを傷つけ、弱った所を、たまたま通りがかったエルフの弓使いがコレを仕留めた。


 このエルフは山中で雪一角を追っていたところを偶然通りがかったらしい。

 かくして、近衛兵、国境警備隊、ランドン兵、合わせて百人以上が死ぬ「銀嶺山荘事件」が終わった。翌日、天候こそ回復したもののまだ雪深い銀嶺山を、生き残った者が全員で力を合わせて下山した。


 こうして、引退冒険者シド・スワロウテイルの短い休暇は終わりを告げ、一時的になるが、再びアルディラの歴史に顔を覗かせ、そして結果的に世界を変えてしまうことになる。


 この後、中世は終わりを告げ、大陸ではアルディラとランドンを中心に出版による「知性革命時代」に突入していく。


 もしも、この五年後に起こるシルバーラントの軍事侵攻が無ければ、それは華やかながらも、急激な変化になっていたことだろう。


 実際は苦しみながらの変化になっていった。

 この知性革命の構想については、後に公開されたアルディラ王の手記に詳しい。


 そして、その手記の内容に、多くの者が驚愕したのだった。


(中世アルディラ史の真実 銀嶺山荘事件の検証より)

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