第一話 訪問

 宮廷魔術師の転送術が終わると、そこはシドの家だった。


 しばらく会っていなかったとはいえ、髪の毛を後ろに束ねたむさくるしい男を見間違えることはない。目の前で驚いているのがシドだった。


 ……と、それ以外に三名。女が二人に、男が一人。


「わあ、エリクアント! 急に来るんだな。びっくりしたぁ」


 シドが形ばかりの単跪の礼を取る。他の三人は急に現れた自分を、目を丸くして見ているだけだ。愚鈍な奴らだな。


「お久しぶりです。みんな、こちらは、アルディラ国の軍務尚書だ」


 その言葉に慌てて残りの三人も片膝で座った。

 この三人の顔に見覚えはない。王軍とは無関係の人間か。


「立ってくれ。王宮でもないのに、形ばかりの礼をされても何の喜びも無い」

「相変わらず、口が悪いですな」


 シドがニヤニヤと笑ってくる。

 この笑い顔が嫌いだった。人を小馬鹿にしたような笑い方だ。


「で、この三人は誰だ?」


 こっちは一人で来ているのだ。

 シドと二人で話をすると聞いていたが、話が違う。先客らしい。

 一人は小姓の少女だろう。宮廷魔術師の報告にもあった女だ。こいつは許そう。


「こちらの少女はレイと申しまして、身の回りの世話を手伝ってもらっています」


 そうシドが言うと、そのレイと呼ばれた少女は、片膝どころか両膝をついて、平伏した。見たところ、さほどの身分ではなさそうだ。


 もう一人の女は、この寒い山奥には似つかわしくない恰好だ。体に密着した黒い薄手の服を着、顔の半分をマスクで覆っている。まるで情報部員のなりだ。


 もう一人の男は、雪山に入るに相応しい厚手の服地の恰好ではあるが、随分としつらえのよさそうな服だ。しかもアルディラではあまり見ない服装だ。この国の人間ではなさそうだ。


「こちらの女性は、マリ・ブラックローズ。えーっと、ランドンの者で……言っていいよね?」


 女は頷いた。

 なるほど。ランドンの服か。


「市井の情報収集を行っている者です」


「……間者か?」


「まあ、はい。そうですね」


 驚くには値しない。

 シドのところに、ランドンが手を伸ばしているのも予想の範囲だ。


 しかしシドは引退したとはいえ、いま他国に行かれると厄介な男だ。アルディラの軍制も、事情も、戦術も熟知している。こいつが他国の軍師の地位でも得ようものなら、アルディラの苦戦は免れない。


 いっそ、拉致するなり暗殺するなりしてくれれば、後々、ランドンへの開戦のきっかけになるだろうが、こう目の前にいられては、その罪を擦り付けるのもままならない。


 思わず舌打ちしたくなる。

 私のその気配を察したのだろう。


「あー、いやいや、ランドンはそういう物騒な真似はするつもりはないのです」


 シドが慌てて訂正をする。


「今日はたまたま、ご挨拶にきてくれたそうで」


「ご挨拶?」


「はい。閣下が近々いらっしゃると聞き、馳せ参じました。まさか、今日とは知らず、かような恰好で失礼いたします」


 隣の男がうやうやしく礼をする。国際儀礼に則った礼作法を見せた。


「これはご丁寧に。あいにく、私の方こそ、こやつからの急な呼び出しで、何の準備もござらぬ。して、どちら様ですかな?」


「はい。ランドン王国の金羊ゴールデンシープ騎士団にて団長をしております、ガレス・ミフネフォールドと申します。閣下にお目にかかれて光栄です」


 ……ミフネフォールド……騎士団長……だと?。

 血の気が引いた。大陸で知らぬものはいないと言われるほどの名将だ。騎士団長という格下の地位にいるが、実質、ランドンの戦術軍師役でもある。


 こんな柔和な印象の男だったのか。見かけによらぬ。


 ……いかん。嵌められた。


 シドを見ると舌を出している。こやつ、たばかったか。


「いやいや、お顔をお上げくださいませ。私は貴公から礼を受けるわけには参りませぬ」


 ミフネフォールドは「ただの挨拶でございまする」と笑った。


 年はシドよりも少し上くらいか。


「しかし、ランドンも隣国との戦いでお忙しいとお聞きしましたが」


「お恥ずかしいかな、北の国境沿いを蛮族らに何度か撫でられておりまする。ご心配をおかけいたしております」


 言外に『こんなところに居ずに早く国に帰れ』と言っているのだが、ランドンの人間には通じないらしい。


「こちらも、大陸一の名将と名高いミフネフォールド騎士団長にお会いできると知っていれば、何かしらの用意をしてきましたが、大変申し訳なく」


 手ぶらで来たのが恥ずかしいくらいだ。


「では、古の儀礼に則り、互いの剣を交換しますか」


 そういうとミフネフォールドは自らの剣を外し、差し出した。

 確かに、古の礼法には剣を置き、交換するものがある。ランドンも昔はアルディラと同じ文化圏にいた。共通の礼儀作法は割とある。


 だが本気か?


 それは剣を置き、酒を交わし、互いの不可侵を約束して剣を交換する儀式でもある。


「……ですが、騎士団長。その剣は、戦場を共に駆けた愛刀では?」

「はい。ですが、ここでは無用です。そうでしょ?」


 くそ。完全に嵌められた。


 このまま軍事同盟に持ち込まれる。

 そのつもりだったのか。シド。


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