第8話 陽炎は笑う
「少なくとも話を聞くと思うんだよね」
……確かに軍務尚書ファイアストン卿は、軍部の中でも武断派ではありませんが、かといって、穏健派というわけでもないです。
立場上、武断派をおとなしくさせているだけです。
シド様の話は聞くでしょうが、話を聞いた後、処刑するなり、投獄するなり、もう軍務尚書の手の上です。
危険極まりない話です。
「どんな話をされるのです?」
「王国が私になんか構っていられなくなる話だよ。それが実現されれば、もう、私のことなんか、監視することよりも、自由にさせたほうが得だとわかるようになる」
「危険なことでしょうか?」
「いやいや。危険なことなんか何一つない。次の戦争の話さ」
「危険じゃないですかっ!」
「いやいやいや。危険じゃない新しい愉快な戦いが始まるんだ。それこそ国民全体を巻き込んで、誰一人勝者にならず、誰も敗者にならない戦争がね」
全く、理解できません。
やはり、この方は、世界を変えようとしていらっしゃるように思えます。
それも、思ってもみない方向にです。
私が不安な顔をしていることが、シド様にも分かったのでしょう。
「大丈夫。リーンには迷惑をかけないから」
そう優しく仰ってくださいますが、それがかえって怖いのです。
そもそも私自身が、ファイアストン卿からは、疎ましく思われている節があります。私が勝手にシド様に直接会ったというだけで、良い顔をしない予感がします。
それどころか、密かにシド様を誅殺しようとしているかもしれない人物が軍務尚書の可能性も捨てきれないのです。
いや、それよりもなによりも……
「あの……私……あの人が少し苦手でして……」
「へ? エリクアント? 話せばいい奴だぞ?」
「とは申されましても……」
いつも苦虫を嚙みつぶしたような顔をして、眉間に皺を寄せているような方です。
よく部下を怒鳴り散らしているところも拝見しております。やはり国家の軍務尚書ともなると、日頃からイライラなさっていることでしょう。
どのように、シド様の邸宅にお誘いすればいいものか。
「ああ、ここに来る動機を作らないと、おいそれ、奴も来ないか」
そうなのです。いくらシド様といえども相手は一国の軍務尚書です。「用事があるから来い」程度では、来てくださらないでしょう。
ましてや、『新しい戦争』など、気色ばむこと間違いなしです。
「じゃあさ、とっておきの秘密の話があるから、それで誘おう。それなら二人きりで会いたいと思うからさ」
「なんです?」
「『あの王様、偽物でしょ?』ってシドが言いだしていると伝えて?」
?????????
シド様は、何を言い出したのでしょうか? 冗談なのでしょうか?
お母さま、アルディラ王国の王様は、ホンモノですよね?
それとも、本当に偽物なのでしょうか?
では、王位の継承は?
あの数年に及ぶ王位継承内乱は、一体、なんだったのでしょう?
真偽わかり次第、もう一度ご連絡いたします。
コトと次第によっては、アルディラと我々の同盟関係に発展しかねません。
それまでは、お父様には内密にお願いします。
こちらについては、確かなことが分かり次第、またご連絡いたします。
まだ春は来ていません。しかし、すぐに来るかもしれません。
(『北方エルフ王国通信録』より)
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