第4話 で、気が付いたのは三日後よ
で、気が付いたのは三日後よ。
面目ない。唇カッサカサよ。喉も痛いし。
でも、これくらいで済んで良かったわ。
西エルフは、もともと毒耐性があるからね。エルフの特権。人間なら即死。
ベッドの横には水が入ったコップ。これ、起きたら飲めってことね。
ありがたく頂いたわ。体に染み渡るくらいにおいしい水でした。ごちそうさまです。
ここは、いい水が沸くのね。
立ち上がろうとしたけど、まだ少しクラっとする。
「あのー」
やだ。声もガラガラじゃん。
しかも大きな声を出すと、頭に響く。
ふぅ。ちょっと毒残ってるわねぇ。しつこい毒。
聞こえてくる音と食欲を誘う香りを頼りに、ふらふらと歩くと、台所でレイって子が驚いてた。
「エレノアさん! もう立っても、大丈夫なんですか?」
「ああ、平気、平気」
「え。……声が全然違うし」
「治るわよ。ちょっと毒が残っているだけね」
レイの信じられないものを見る視線が痛い。
そうね。多分、初めてエルフを見たらこんな風になるわ。あたしたちは人間の尺度でみたら、気味が悪いかもね。あたしたちも人間のこと、そういう風に見るからさ。
「ちょうどいま、温かいスープができたところですので、いかがです?」
それで、いい匂いがしていたのね。
差し出されたカップのスープをそっと啜る。
……うっま!
一口でわかる、このうまさ。なにこれ?
「山羊のミルクとチーズに、体を温める薬味を入れたスープです」
へぇ。あたしでも作れそう。今度、毒に当たったら作ろうかしら。
「師匠が言うには、ショウガと呼ばれる根菜が体を温めるそうです」
「ショウガ? 聞いたことがない薬草ね」
飲むたびに喉の奥がぽっと熱くなる味わい。
辛い? ……とも違うけど、辛みなのかな?
「うん、悪くないわ」
ほんと不思議。あの人、ポーションメーカーにでもなればいいのに。売れるわよ。これ。でも、美味しいけど、これで毒が消せるわけではないのよねぇ。
下がった体温があがるのは確かだけど。
結局、あとはエルフの自然治癒力ね。
要は、たっぷり汗をかいて、ゆっくり寝ていれば治る。
このスープ、もうちょっと飲めば、いい感じに体が温まって汗がでないかしら。
まあ西エルフは、呪いはともかく、毒耐性だけは半端ないんだから。ただ、今の季節、汗をかくには不向き。寒いのよね。まあ、とにかく水を大量に飲むしかない。
「ありがとう。もう大丈夫。で、シドは?」
「師匠は、外で大工仕事をしています。新しい小屋を作っています」
それでか。さっきから、外でトンカントンカン、うるさいのは。
なんだよ、久しぶりだって言うのに、あいつときたら。
これが種族の壁って奴?
冒険者の時はこんなに冷たくなかった気がするんだけどね。
てか、山小屋、いくつ作るつもりなんだよ。
この丸太小屋だけじゃなく、納屋が二つもあるし。それにまたひとつ増やすって、そんなにこいつらに荷物ないでしょ?
それより、あたしの心配をしろよな。……少しで良いからさ。
「お、エレノア。もう起きて大丈夫なのか?」
急に裏口からシドが入ってきて、どうしようか迷ったけど、レイに大丈夫って言った手前、急に弱気になるのもおかしいよね。
「全然、平気」
「うわ、声がガラッガラだな」
と虚勢を張ったあたしを、興味深そうに眺めてくる。
本当に、デリカシーがないのは、昔から。
「大丈夫。水飲んで、毒を外に出しちゃえば、すぐに治るわ」
とは言いつつ、足元がフラっとしたところを、シドが支えてくれたの。
「ま、西エルフは毒に強いから大丈夫か」
「そうよ。あたし、西エルフの生き残りよ? 毒耐性は自信があるほうだしね」
西エルフは、最近、といっても人間の時間からすれば、かなり前に滅んでしまった種族。西の森で起こった魔法暴走で森の中に誰も入れなくなって、二十年、いや三十年? まあ、それくらい最近に、滅んだの。
そこの唯一の生き残り。それがあたしのプライド。
正確には帰れなくなったエルフの一人だけどね。他にそんなエルフがいるかどうか知らない。
「で、何を作っていたの?」
「エレノアの毒を出すための特別なものだよ。汗をかいた方がいいと思ったんだが、まさかこんなに早く大丈夫になると思ってなくてな」
あら、なにそれ。優しい。
さっきのスープみたいなのでも作っていたのかしら。
「ああ~、早く毒が全部でていかないかしら~。もうちょっとなのよねぇ~。水飲んで汗かけば、あと数日で毒が抜けると思うけど、この寒さじゃあ、体が温まらないわ~。汗がかけるといいんだけど~」
「お。やっぱりそうか。じゃあ、ちょっと待ってくれ。部屋の準備してくる。初めて使うから、上手くいけばいいんだが」
初めて? 使う? ……なんか悪い予感がしてきた。
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