第4話 罠・罠・そして罠

 地獄の戦場でいつ死んでもおかしくない争いに身を投じていたジレリノが語ったラディアンヌをめたトラップのカラクリ。


 しかし一番肝心のことを流石に打ち明けていない。ジレリノが扱う銃火器の事だ。火薬を使うたぐいであれば、間違いなくぜる音が木霊こだまする。


 消音器サイレンサーという小細工もあるが、音を小さくするだけで完全に無にする訳ではない。


 それは科学の進歩した2140年にいても同じこと。火薬を扱う銃はすたれつつある。光線銃が代替えになって来た。


 子供が扱う玩具や射的競技で扱うレーザーではない。鉄すら溶かす超高熱を発生する物が存在している。それも人が生身で運用出来る程の手軽さである。


 先程ラディアンヌの左腕を実質無きものとした光線銃とて同じものだ。加えて光線銃とて、本来なら無音で事を成す訳がない。


「──こ、これで私が終わったと思われたら心外ですよっ!」


「何ぃ!?」


 左前腕部を完全に失い大出血が止まらないラディアンヌだが、未だ強気な姿勢を止めない。美しかったその身体が瞬時で血塗れに化したというのに。


 大きく胸を張り、スーッと呼吸を繰り返すラディアンヌ。


 これ程まで追い詰めたのだ。それにも関わらず、未だブレないこの武闘家ラディアンヌの底力に思わず興味を抱いたジレリノである。


 敢えてしばらく黙認すると決めた。


 するとどうだ、全開にした蛇口じゃぐちの如く噴き出していた血がピタリと止まったではないか。


「へぇー、少しは楽しめそうだ。素手でビーム超高熱も止めたし、その身体に何かカラクリでもあるのかい?」


「私は普通ただの人間です。一子相伝いっしそうでん御業みわざを使ったまでのこと。さあ、参りますっ!」


 挑発と感心の両方を交え、質問するジレリノ。これは至近戦も止む無しと判断したか、ライフルから自動小銃に武器を持ち替える。


 一方、ジャリと地面の石ころを踏みしめながら構えるラディアンヌ。


 ほぼ失った左腕を敢えてスッと持ち上げ、右腕の方を下げる。171cmの高身長で155cmの相手に威圧いあつを掛けてゆく。


 素手であっても体格差と素早さを以ってすれば、引き金を引く前に封じることも充分可能だ。


 だが未だ違うわながあるやも知れぬ。それを気にして一気呵成いっきかせいに飛び込もうとはしない。


 此処でラディアンヌが地面の石ころを敵へ蹴り込んだ。何も邪魔は入らずにそれらは相手に届いた。その線とほぼ同時に同じ向きへ飛び込むラディアンヌ。


 これで自分と相手を結ぶ宙の間には何もないと判断したのだ。但し距離を詰めるため、途中の地面を蹴るおかさない。


 ──あの左腕、邪魔やっかいだ。


 使い物にならなくなった筈の左腕を、相手は敢えてチラつかせている。まるで正常な腕を振るわれているかの様な威圧感だと思い、嫌な顔をあらわにするジレリノ。


 取り合えず牽制けんせいの銃弾を連射する。これも当然無音である。一瞬右手を伸ばしてきた相手。銃を握る手を押さえるのが目的だとした。


「グハッ!?」


 これはラディアンヌが仕掛け側のトラップと化す。右手はただの見世物、本命は大胆にも左跳び膝蹴りだ。それが腹に入り小さなジレリノが、くの字に曲がり宙を舞う。


 あわれ軽量な部類のジレリノ……いとも簡単に浮いてしまった。後はラディアンヌのターン。相手が再起不能になるまで、拳だろうが蹴りだろうが叩き込めば済む話だ。


「カハッ! な、何だこの背中に走る痛みはっ!?」


「惜しかったね……お世辞じゃないよ、本気でそう思ってる」


 まさかまさかの。ジレリノは自分の身体が後方へ動いた時に発動するワイヤートラップも仕掛けていた。


 またも違う斜線軸から無音で放たれた小機関銃の銃弾が、ラディアンヌの背中を幾重いくえにも貫いた。


 背に意識の集中などしていない。きたえ抜かれたの背中へ、ジレリノが目算した通りの攻撃ダメージが入ってしまった。


 吐血し、その場にうつ伏せで沈んでしまったラディアンヌ。もう流石にそのまま動けやしない。


 最早勝敗は決した。後はジレリノがトドメの銃弾を撃ち込むだけとなった。


 スガーーンッ!!


「「な、何ぃ!?」」


 これにはラディアンヌとジレリノ、双方が色を失う。何と爆音と共に後方のフォレスタ邸が灰燼かいじんと化したのである。


 ◇◇


 少し時間を戻して再び館内部の争いへ戻る。


 ファウナがまさかの反抗へ転じ、刃と化した木の葉で暗殺者アサシンアノニモに、初の攻撃が通った。


 けれど大ダメージを負ったオルティスタは動けやしない。素早さに勝るアノニモが制すれば終わりではなかろうか。


「オルティスタ! 貴女は未だ終わってはならないっ! 『森の美女達の息吹レクプレーノ』!」


 またしてもファウナが何らかの力を使う。自分の書いた魔導書を開き、蒼き瞳で読んだ一文の内の末尾の言葉を凛々りりしく告げた。


 オルティスタは、見知らぬ意識達が自分を抜けていったことを感じ取る。たった今斬られた左手の甲と深くやられた右肩の傷が何とふさがってゆくではないか。


「こ、これは一体っ!?」


 異様な気配と自身のからだの回復に驚くオルティスタ。肩を回し両手を幾度も広げ、普通に動けることを確認する。


「出血で失った体力までは戻らないけど、これで未だやれるでしょ? 未だ私の剣で在るのなら!」


おうッ!」


 体力の回復? そんなものは気力で補えばカバーすれば良い。フラリと矢面に立っている暗殺者アノニモへ、殺意に溢れた三日月刀シミターを逆手で繰り出す。


 キンッ!


 ダガーで斬り結んだアノニモであったが、オルティスタの高い身長から降ろされた三日月刀シミターに弾かれてしまう。


 ならば! とばかりに自分に突き刺さったままの木の葉を武器へと転用する。狙うはオルティスタが何も握っていない右の方。刃だらけの右手を振るう。


 オルティスタもこの機を見逃す程、落ちぶれてなどいない。相手は無手になったと判断し、続きの剣を拳を振るう要領でさらに繰り出した。


 互いの攻撃が同時に重なる。得物の長さ的に優位なのはオルティスタだが、身体さばきのキレの良さならアノニモに軍配が上がるやも知れぬ。


 とにかく相手へ攻撃を通す、防御ガードは全く頭にない両者。オルティスタの刃先が袈裟懸けさがけでアノニモの肩から腰を斬り裂いてゆく。


 だがアノニモの方とて負けてはいない。刃だらけの右拳をオルティスタの右脇腹へ届けることに成功した。


 苦痛に顔をゆがませるアノニモが「ウグッ!!」と如何にも辛そうなものを噴き出す血と共に吐き出す。


 一方此処まで追い詰めたにもかかわらず一矢報いた敵を思わず「や、やるッ!!」とたたえてしまうオルティスタ。


 両者共々満身創痍まんしんそうい。その次の瞬間、在り得ない事が起こるのだ。


 ラディアンヌとジレリノが外から見た例の大爆発だ。何と火種は、遺体と化したファウナの両親である。


 カッ! ただの亡骸なきがらが光り輝き、一瞬にして爆弾と化す。ファウナ達は後に知ることとなる。


 この二人両親、初めから覚悟を決めていたのだ。寿命でない不意の心停止があった場合、全てを消し去る様、自分達の躰に仕掛けておいたことを……。

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