第044話 筋肉痛

 特訓の翌日。

「……」

 加賀見がいつもよりゆっくりと移動してくる。


「やっぱり筋肉痛になっちゃったね」

 安達が加賀見の状況を解説してくれた。うん、やっぱりそういうことだよね。

 ぎこちない足の動きが加賀見の足を襲っている痛みをしっかり反映していた。

「……ミユ、手貸して」

「はいはい」

 安達が加賀見の元へすたすたと赴き「よっ」という掛け声とともに加賀見の脇を抱える。

 教室の中を移動するにつけても時々傍の机にちょっと手を当てて体を支えつつ歩いてきたので、少しでもサポートが欲しかったのだろう。こんな状態でよく学校来れたな。

「ありがと。あー、楽……」

「もー、もう少し自分で頑張ろーよ」

「昨日もう充分に頑張った。あれで私の体は今ガッタガタ」

「はいはい、昨日は頑張ったね」


 朝からこんな調子の加賀見を見せられたら、

「どうしたのさ、これ」

 日高が疑問に思うのも当然であろう。

 春野も俺達の答えを待っているのかじっとしていた。

「昨日加賀見の体力テストの特訓して、その筋肉痛が来たらしい」

「へー、そうだったんだ」

「その調子だと相当鍛えられたんだね」

「いや、特訓の時間全部合わせて1時間もいかなかったんじゃないか」

「へ」

「それであんな……? 今にも倒れそうなぐらいしんどそうだけど」

「びっくりだろ? アイツの体力のなさに」

「「……」」

 春野、日高、そのノーコメントは肯定と捉えるぞ。

 この二人も加賀見とはそこそこ長い付き合いだ。体力の程度については多少わかったつもりだったろうが今回のことでより深く理解が増したのではなかろうか。加賀見の体力調査って夏休みの自由研究のテーマに使えるんじゃないの。


「でも何で私達呼ばなかったの」

「あー、あんまり人多くてもしょうがないかなっていうのと、もしリンちゃんやサッちゃんが既に予定あったら悪いかなって」

 春野・日高は顔が広く、当時同じクラスだった友人などと時折遊びに行くことがある。

 一方で安達・加賀見は春野・日高・葵以外の友人は特におらず、コイツらがいない場合は二人で遊んでいるらしい。俺? 別に友人じゃないと思うよ。

 そんな人付き合いの多い春野と日高のプライベートを安達も加賀見も邪魔したくなかったのだろう。俺に対しては遠慮なく予定をぶっ込むのにヒドい。


「そんな気にしなくていいのにー」

 日高が愛想笑いを乗せた顔の前で手をひらひらさせた。

「まー、昨日他の友達と遊んでたのは確かなんだけどね」

 じゃあ安達の配慮は正しかったんじゃないか。

 先約がある中で「マユちゃんの特訓に付き合って」なんて安達に頼まれたら春野も日高も困惑する姿が目に浮かぶぞ。

 下手したら本当に先約のお遊びより加賀見の特訓を優先するかもしれない。そうなったら今度は安達と加賀見も立つ瀬がないし二人に言わなかったのは結果オーライか。


「……私のことは大丈夫。むしろ気にせず遊んでくれた方が私にとっても気が楽」

 加賀見が安達の肩を借りながら春野と日高に伝える。

「マユ、それよりもしっかり体休めなー」

「そーだよマユちゃん、体力テストまでに元気にならないと」

「何なら今すぐ早退しても誰も文句言わんぞ」

「黒山、どさくさに紛れて本音ぶつけてこないで」

 ち、バレたか。奴への心配を装って奴を体よく退散させられると思ったんだが。


「でもよかったー、特訓を体力テストの1週間ぐらい前にしといて」

「あー、筋肉痛になるのを見越してたのか」

「そ。テスト当日にこんな状態になってたら目も当てられないもん」

「ミ……ミユ……私そんなの聞いてない……」

「マユちゃんにそんな話したら絶対特訓サボるだろうなーって察しが付いてたから」

 なるほど。翌日こんな痛みにさいなまれると知ってたら奴は何としても回避しただろうな。さすが加賀見一番の親友。

 それに引き換え、加賀見の方は特訓後に筋肉痛になるという可能性を全く考えてなかったらしい。明らかに普段運動してない上に自分のことなのにどうして予期できなかったのか。……と思ったが、普段あまりにも運動しなくて筋肉痛とほぼ無縁の生活を送っていたから失念してたのかもな。加賀見ならあり得る。


「ミユ、それは私をなめすぎ。そんなことで特訓を辞退するほど腐ってない」

「マユちゃん……」

「だから次からはこういうリスクがあるときは必ず教えて」

 加賀見の半目が何か嘘臭い光でキラキラしていた。回避する気満々じゃねーか。

「……うん、サボらないって確信できたときに話すよ!」

 どうやら安達も騙されなかった模様。

 加賀見は「そ、そんな……」と安達の肩を両手で掴みわさわさ揺らす。

 安達はそんな加賀見に「ちょ、ちょっとマユちゃん」と対処に困っていた。

 春野・日高は二人の光景を微笑ましく見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る