第25話 芸能界への一歩

伊藤美咲は朝の柔らかな日差しが差し込む自室で目を覚ました。窓の外には新緑の葉が風に揺れ、鳥のさえずりが聞こえる。大学を卒業してから初めて迎える本格的な社会人としての一日、彼女の胸には期待と少しの不安が混じり合っていた。


美咲は身支度を整え、鏡の前で深呼吸をした。「今日からが本番だわ」と自分に言い聞かせるように呟くと、彼女の表情には決意が宿った。彼女は芸能プロダクションのタレントマネージャーとしてのキャリアをスタートさせるため、新しい職場へと向かう準備を整えた。


玄関を出ると、春の爽やかな風が彼女の頬を撫で、桜の花びらが舞い落ちる。美咲は駅へと向かう道を歩きながら、これまでの努力とこれからの未来に思いを馳せた。


「おはよう、美咲。初日、頑張ってね。」母の玲子が優しく声をかけた。


「ありがとう、お母さん。行ってきます。」美咲は微笑んで答え、家を後にした。


玲子は美咲の背中を見送りながら、胸の内に不安を抱えていた。映画監督として数々の現場を経験してきた玲子には、芸能界の厳しさと裏側の複雑さがよく分かっていた。彼女は娘がその厳しい世界でどのように過ごしていくのか、心配でならなかった。


「美咲が大丈夫でありますように…」玲子は心の中で祈りながら、窓から外の景色を見つめた。外の桜が風に揺れている様子は美しいが、その美しさの裏には多くの困難が隠れていることを、玲子は知っていた。


玲子はリビングルームに戻り、誠一に向かって微笑みかけたが、その微笑みにはどこか不安が滲んでいた。「誠一、美咲が今日から新しい仕事を始めるけど、本当に大丈夫かしら?」


誠一は玲子の不安を感じ取り、優しく肩に手を置いた。「玲子、美咲は強い子だよ。君が彼女をしっかり育ててくれたおかげで、どんな困難も乗り越えられるさ。」


「そうね。でも、芸能界は本当に厳しい世界よ。私たちが見てきたような裏側のこと、美咲はまだ知らないの。彼女がその世界で傷つくのが心配なの。」玲子は心配そうに続けた。


誠一は玲子を抱きしめ、「美咲は私たちの娘だ。彼女が困難に直面したとき、私たちが支えるから大丈夫さ。心配しすぎないで、彼女の成長を信じよう。」と静かに言った。


その日の午後、玲子は自分の映画の編集作業をしながらも、常に美咲のことが頭から離れなかった。彼女は娘の成長を見守りながら、自分の不安と向き合う時間を過ごしていた。


「美咲が幸せでありますように…」玲子は再び心の中で祈りながら、編集作業に集中した。彼女は自分の経験を活かして、いつでも美咲を支えられるように準備を整えていた。


その夜、美咲が帰宅すると、玲子はすぐに彼女に駆け寄った。「美咲、おかえり。今日はどうだった?」


美咲は笑顔で答えた。「お母さん、今日はとても充実した一日だったよ。仕事は大変だけど、やりがいがあるわ。」


玲子は娘の笑顔に少しだけ安堵し、「それは良かったわ、美咲。でも、何か困ったことがあったら、いつでも話してね。お母さんはいつでもあなたの味方だから。」と優しく言った。


美咲は母の言葉に感謝し、「ありがとう、お母さん。私は大丈夫。これからも頑張るね。」と答えた。


玲子は娘の強い決意を感じ取り、心の中で少しずつ不安が和らいでいった。彼女は美咲が自分の道を歩む力を信じ、これからも全力で支えていくことを決意した。

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