03. コロッケ
「悲しみは、なくなったりはしないよ」
僕を抱き上げる大きな手に、ほんの少し力が入るのを感じた。
「どうやら勘違いさせてしまったらしいな。ごめんな、ロク」
父がいまどんな顔をしているのか知りたくなった僕は、塞いでいた両手をそっと離す。
「大人になると、悲しみが深ければ深いほど、自分よりほかの誰かのことを考えている。家族の気持ちに寄り添うことを優先したいと思ってしまうんだ」
父の剥き出しの眼鏡レンズが、
僕が両目を塞いだせいで、左目まわりが
「ロクの悲しみを受け止められる、強い父でありたいってね」
「じゃあ、お父さんはいま嘘ついてるの？」
大人になることは、大切な人を優先するために自分の気持ちに嘘をつくこと？
「それは違うよ、ロク」
父はゆっくり
「お父さんは家族を放りっぱなしの
父は
家族を持ってからは、ほとんど一緒にいてやれなかったことが心残りだけど、死に目に会えたことがせめてもの救いだったと、父はほんのしばらくの間、物憂げに視線を落としていた。
「だから、ロクの目に見えていることだけが、すべてじゃないんだよ。お父さんだって本当はべしょべしょに泣きたいし、すごく寂しいんだ」
（べしょべしょ……？）と、僕は父が泣く姿を想像しようとしたが無理だった。
生まれてこの方、父が泣く姿なんて見たことがないからだ。
僕は気を取り直して、父との会話に戻る。
「お母さんや、お婆ちゃんも？」
「ああもちろん。お母さんたちも、とても悲しんでいる。でもそれ以上にロクが心配で、自分そっちのけになってしまっているだけさ」
父は僕の頬を伝う涙を、その大きな指でそっと拭うと「という訳で、お母さんはいまロクが少しでも元気が出るよう、夕飯はお前の好物を作っているよ」と、微笑んだ。
「もしかして、コロッケ！？」
さらに深く微笑んだ父の表情で確信した僕は、宙に浮いたままの足をばたつかせる。
「お婆ちゃんも、いつもより多く野菜を穫ってしまったと笑っていたな」
まったく腰も良くないのに無理をすると、独り言ちるように自分の母親に想いを馳せる父。祖母が炎天下のなか、家庭菜園にしては大きすぎる田舎ならではの畑で汗を流していたのは、コロッケの付け合わせに添える野菜を見繕うためだったみたいだ。
家族は自分の気持ちよりも真っ先に、僕の“好き”を集めてくれていた。そうとも知らず、やさぐれて勝手に外へ飛び出した子どもな僕を、呆れもせず探し出してくれた。
家族ならば、親ならば……。
それが当然だと思い込んで意識すらしていなかった僕は、その当たり前こそ、いかに尊く壊れやすいものなのか、少しも想像できていなかった。
「野菜ぜんぶ食べる！」
「本当かい？ お父さんですら、びっくりする量だったけど……」
祖母の優しさを感じ取った僕はつい意気込んでしまったけど、父は本気で引き笑い気味だったから、恐らく相当な量が収穫されていたのだろう。
「大丈夫！ 僕、お婆ちゃんの野菜、大好きだから！」
「そうか。好き嫌いしないロクはえらいなあ。よく食べよく寝てよく遊ぶ……うん、これならお父さんみたいに、目が悪くなる心配はなさそうだ」
父の家系は、すこぶる目が悪い眼鏡一族なので、父は僕への遺伝をなによりも心配していた。
「目が悪くなったら、新しい目を作ればいいんじゃないの？」
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