第66話 剣崎王人はためらわない

    ◇   ◇   ◇




 適性試験五日目。


 異変にいち早く気が付いたのは、やはり剣崎王人だった。


(この空気は‥‥)


 チームのメンバーはまだ休んでいる。窓のそばで最後の見張り番をしていた彼は、暁の終わりを眺めていた。


 『火蜥蜴サラマンダー』との戦いを終えた王人は、残りの一日をどうすべきか悩んでいた。他のランク2を探しに行くか、他のチームメンバーのことを考えてメモリオーブを探索するか。


 火蜥蜴サラマンダーと戦ったことからも分かる通り、王人はリーダーとして絶対的な権限を持っている。


 しかし決して独善的ではない。彼なりにチームメンバーのことを考えているのだ。


 ただ、火蜥蜴サラマンダーはそれよりも優先度が高かっただけの話。


 そんな悩みは、火に焼かれる暗がりとともに消えた。


(空気が違う。まるで、ゆっくり針を刺されるような感覚だ)


 明らかに異質だった。


(けれど、おかしい。それはない)


 いくら適性試験とはいえ、ランク2が数体出現しているだけで、十分すぎる脅威だ


 この試験は適性を測るものであり、心を折るためのものではない。


 そこまでいけば、本末転倒だ。


 つまりこれ以上の変化は、本来ならあり得ないのだ。


「――少し、動きましょうか」


 嫌な予感がする。


 火蜥蜴サラマンダーを目前にして、嬉々として戦いを挑む王人は、この時準備をすることに決めた。少なくとも、そうすべき何かが起こると、予感したからだ。


 これは危機に対する嗅覚だ。


 風の質感。街の匂い。朝焼けの音。


 全てが彼にそうすべきだと、語り掛けていた。




     ◇   ◇   ◇




 そしてその違和感に気付き始めたのは、王人だけではなかった。


「空道君、騎町さん、今日はもう戻りましょう」


 屋上から街を眺めていた星宮有朱は、おもむろにそう言った。


「え、だって、メモリオーブを探すんだろ?」


 空道が驚いた顔で有朱を見た。


 たしかに天狗烏ベインクロウと出会った後、有朱はメモリオーブの探索を提案した。


 ランク2は脅威だが、警戒していれば避けることは出来る。


 敵の脅威度。適性試験の意義。得られるポイント。空道と騎町の成長。


 それらを総合的に判断し、メモリオーブの探索に切り替えたのだ。


 天狗烏ベインクロウにだけ気を付け、屋上を移動しながら建物を探索する。その作戦で動き出して一時間。


 見つかったのはメモリオーブではなく、強烈な違和感だった。


「あまりにも静かすぎるわ。それに、探索を始めてから一度も怪物モンスターを見ていない」


「それは、怪物モンスターに遭わないように移動しているからじゃないのかい?」


「ここまで移動してくる間、『イーグルアイ』で街の様子を見てきたのだけれど、一体も怪物モンスターの影が見えなかった。少し、嫌な感じがするわ」


「ランク2が近くにいるってこと?」


 その問いに、有朱は曖昧に頷いた。


 天狗烏ベインクロウから逃げ出して街を探索し、有朱は今回出現しているランク2に見当をつけていた。


 空の天狗烏ベインクロウ、陸の刃狼ソードウルフ、地の土杭蛇ディガースネイク


 まだいる可能性はあるが、移動方法や攻撃の傷跡が特徴的だから、おおよそ間違いないだろう。


 同時に選出基準も読めた。


 巨大で、派手。


 相対しただけで膝を折らせる、威圧感の塊だ。


 ランク2もタイプによって姿は様々だが、今回はわざとそういう怪物モンスターが選ばれている。


 だから、妙だ。


 静かであるのも、怪物モンスターの姿が見えないのも。




 何より、街中に残る小さな切り傷も。




 強烈な違和感が有朱の頭をずきずきとさいなむ。


 しかしそれを口にするのは、ためらいがあった。


 天狗烏ベインクロウだけでさえ、空道と騎町には重すぎる敵だ。それは力ではなく、存在として。


 これ以上の敵は、彼らの心を折るだろう。


 あの時の自分と同じように。


『行けぇ星宮‼』


 もしも彼がここにいてくれたらと思う。自分が手を引かなければならない立場になった時、その責任の重さに身体が震える。


「とにかく、一度拠点に戻りましょう。これ以上の継続は危険――」


 そこまで言って、有朱は『スターダスト』を発動した。星屑の弾丸が彼女の周りに浮かび上がり、線を繋ぐ。


 一気に空気が張り詰めた。


「誰か来る。騎町さん、前に」


「わ、わわ分かりました」


 建物の階段を上がる音がたしかに大きくなり、ついに扉が開いた。


 張り詰めた緊張感の中で、招かれざる客人は柔らかな笑みを浮かべた。


「久しぶりですね、星宮さん」


「‥‥ええ、今度からもう少し分かりやすく登場してくれると嬉しいわね」


 入学試験を彷彿とさせるように、星宮有朱と剣崎王人は顔を合わせた。

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