第49話 幼馴染との約束

 ビリビリと首筋を焼く殺意。


 意識だけではない。紡から放たれる魔力マナが膨れ上がり、鋭く突き刺さってくる。


 やばい。


 そう思った瞬間、俺は『火焔アライブ』を発動して後ろに飛び退いた。


 瞬間、目の前で風切り音が鳴った。


 なっ――⁉




「‥‥まさか、覚えていない?」




 紡の声がゾッとするほど冷たい。


 さっきまでの幼馴染ラブコメ空気はどこへやら、今周囲に漂うのは戦場の臭い。


 いやいやいや、話がジャンピングしすぎだ。ソーシャルゲームのアニメだってここまでのスピードで展開しないぞ。


 紡が顔を伏せたまま、押し殺したような声で言った。


「じゃあ逆に、護の約束って――何?」


「それは‥‥」


 ホムラとの約束だ。


『私を、忘れないで』


 彼女が残したあの言葉を刻み、俺はこの学校に来たのだ。


 どうして紡が俺の約束のことを知っていて、何故勘違いしたのかは分からない。


 ここでそれを言えば間違いなく終わる。


 踏み抜いた地雷は連鎖的に爆発を起こし、ここら一帯を焦土に変えるだろう。


 それでも、嘘は吐けない。吐いてはいけないと思う。


「昔出会った、妖精フェアリーとの約束だ。その人にもう一度会うために、俺はこの学校に来た」


「ッ――‼」


 その瞬間、上げられた紡の顔は真っ赤に染まっていた。怒りか、羞恥か、もっと別の何かか。


 とにかくやばい。


 またもや鋭い風切り音が鳴った。


 その正体が何なのか分からないまま、横に跳び退る。


 肌を掠めて、何かが飛来した。


 速いし、見えない。


 何らかの魔法マギだ。ただしそれが何かが分からない。


 見えないとなると、ショックウェーブのような魔法マギか? いや、それにしては音が鋭利だった。


 ある程度は火焔アライブで耐えられるだろうが、相手の魔法マギの情報がない状態で向き合うのは危険だ。


 何よりも、


「待ってくれ紡! 俺が何か忘れているなら謝るから、ごめん!」


「‥‥」


 駄目だな、これは。完全に堪忍袋の緒がプッツンいっている。


 紡と戦う理由が俺にはない。


 となれば、やることは一つだ。


「――待ちなさい!」


 三十六計逃げるにしかず。


 怒りの力はそうそう持続しない。一度クールダウンすれば、話ができるはずだ。それまではとにかく逃げるしかない。


 強化された脚で一気に中庭を駆け抜ける。建物内‥‥は駄目だな。流石に校舎内の人に迷惑はかけられない。


 助走をつけて跳ぶ。いくら『火焔アライブ』の強化があっても、一跳びで校舎は超えられない。



「『爆縮ブースト』」



 内部で圧縮した炎を足から噴き出し、更に上へ跳ぶ。これは前々から炎の噴出で加速していたものを、より強化した技だ。


 さながらその様は二段ジャンプ。


 無茶苦茶な垂直跳びで、校舎の屋上へと着地する。


 よし、ここまで来れば流石に追ってはこれないはずだ。空を飛ぶような魔法マギはほとんど確認されていない。


 ふぅ、まさかいきなり襲われるとは思っていなかった。


 にしても、紡が言っていた約束って何だったけな。あそこまで怒るってことは、相当大事な約束だったんだろう。


 それを俺だけ忘れているってのは流石に申し訳ない。


 小学生時代を意図的に忘れようとしていたとしても、思い出せるはずだ。


 せめていつした約束かだけでも教えてもらえれば‥‥。


「逃げられたと思った?」


「ッ⁉」


 嘘だろ!


 即座に回避に転じようとし、自分の身体が動かなくなっていることに気付いた。


 何だ、何かが身体を縛り上げている。腕や足どころじゃない。指の一本一本にいたるまでが動かない。


 まるで金縛りだ。どういう魔法マギを使えばこうなるんだ。


 というか、どうやってここまで登って来れたんだ?


 屋上のフェンスに腰かけた紡が俺を見下ろしている。


「どうやってここまで来たのかって顔ね」


「‥‥パンツ見えてるぞ」


「パッ――⁉」


 短いスカートで格好良く足組んでフェンスに座ったりするもんだから、俺には隙間からパンツが丸見えだった。


 お洒落で可愛らしいピンクの花柄だった。


 格好良い見た目に反して、その、下は随分と可愛らしい感じなんだな。いや、俺の中のつむちゃんのイメージとしてはそのままなんだけど。


 紡は脚を組み替えてパンツをガードすると、真っ赤な顔で俺を睨みつけてきた。


「‥‥殺す」


 いや待て。


 むしろちゃんと言った俺は紳士で偉いだろ。何も言わずに見続けている方がむっつりじゃないのか。


 そんな正論が聞き届けられるはずもなく、紡が腕を振った。


 ぎりぎりと、全身に何かが食い込んでいく。


 これは、


「糸、か‥‥?」


「そう。私の固有魔法ユニークマギ念動糸クリアチェイン』」


 紡はそう言って人差し指と親指を合わせ、開く。意図的に見せたのだろう。そこには白い光の線が繋がれていた。


「授業で習ったから知っているわよね、妖精フェアリーによる取りかえ子チェンジリングとも呼ばれる現象。自然と発生する、唯一無二の魔法マギ


 知っている。


 固有魔法ユニークマギ、あるいは固有ユニークと呼称される特別な魔法マギ


 それを持つ者は、妖精フェアリーに愛された存在だとも、妖精フェアリーに悪戯をされた人間だとも言われている。


 そうか、紡が。


「だから私はあの年でこっちに越してくることになった。特別な魔法マギを持っているから、ただそれだけの理由で」


「‥‥」


 引っ越し。


 そうだ、つむちゃんは引っ越しを嫌がっていた。


 ずっと俺たちと一緒にいたいと行って、引っ越しの前日まで泣いていた。


 その時。


「私が、どんな気持ちでこの学校に入ったか分かる?」


 ギリギリと『念動糸クリアチェイン』が全身に食い込んでいく。


 痛い、痛いけれど、きっとこれは、彼女の心の痛みだ。


 俺が忘れた何かを、つむちゃんは大切に持ち続けた。


 思い出せ。


 思い出せ。


 あの時から捨ててきてしまったものを、拾い集めろ。


『まもる君、私いやだよ。みんなと同じ学校で、ずっといっしょにいたいよ』


 泣いていた。


 小さな手でスカートの裾をぎゅっと握り締めて、ぽろぽろ大きな涙をこぼして。


 どうしていいか分からなくて。でも親父が何度も言っていた言葉を思い出した。


 誰かを助けられる人になれ。


 女を守れる男であれ。


 だから言ったんだ。




「――待っててくれ。俺も中学生になったらつむちゃんと同じ場所に行く。そうしたら、また一緒に遊ぼう」




 そう言葉にした瞬間、紡が目を見開いた。


 ああ、思い出した。


 これはどう考えても俺が悪い。その時は、中学生になれば桜花魔法学園に行くつもりだったから、またつむちゃんに会えると、そんな軽い気持ちで言った言葉だ。


 その言葉を、つむちゃんは大切にしてくれていた。


「――」


 はらりと、全身から糸が落ちる気配がした。


「思い出したの?」


「ごめん。遅くなった」


「本当、遅い」


 そう言いながら紡は俺の隣に降りてきた。


「それで、いろいろと聞きたいことがあるんだけど」


「聞いてくれるのか?」


 約束を忘れていた薄情者なのに。


 紡は唇を尖らせながら、もにゅもにゅと言った。


「そりゃ、幼馴染だし」


 そっか‥‥ありがとう。


 全部捨ててしまったと思っていた物が、こんなところに落ちていた。それがたまらなく嬉しい。


 それから俺たちは休み時間ギリギリまで話をし、そして先生に魔法マギを勝手に使ったことでバチクソに怒られることになった。


 俺だけ笑顔の鬼灯先生から容赦のないげんこつを振り下ろされたことは納得いかないが、文句を言うことはできない。


 怒っている時の紡より百倍は怖いからな!


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