第15話 入学式と、可愛い
入学式。それは誰でも緊張するものだ。
それが中高一貫校であり、自分が外部からの新入生となれば、その緊張も一段飛ばしでジャンプジャンプ。
しかし俺は違う。
緊張とは、期待の裏返しだ。
高校生活でうまくやっていけるのか、友達は出来るだろうか、孤立しないだろうか。
甘いな。
たった一人、軽い鞄を肩に新しい通学路を歩く。
俺はこの春から晴れて『国立桜花魔法学園』へ入学することになった。
正直言うと、試験は始まって早々に退場したし、倒したのは
合格通知が来た時の姉と妹の「人材不足?」という言葉は一生忘れないだろう。
まあそんなことはいい。
この学校に入ったのはホムラを戻す手がかりを探すためであり、同時に戦闘技能を磨くためだ。
友達と青春ごっこをするために入ったわけじゃない。過去の偉人は言った、友達は作れば作るほど人間強度が下がると。
昔この話をホムラにしたら、「え、その考え方は普通に気持ち悪いですね。妖精的に見てもないです」と真顔で首を横に振られたが、年中神社で過ごしている妖精に、人間社会の繊細な機微が理解できるはずもない。お前の友人、虫とか小動物ばっかじゃねえか。
新品の制服を身体に慣らしながら、重厚な正門を通る。どうやら校内にはその名に相応しく、桜の木が植えられていたらしい。試験の時には白雪を被っていた枝も、本番を迎えて張り切っていた。
咲き誇る桜の花が、アーチのように道を飾る。
――来たぞホムラ、親父。ここが俺のスタートラインだ。
応える者は誰もいない。俺はたった一人、花の道へと踏み出した。
◇ ◇ ◇
新入生は入学式の前に、まず振り分けられた教室に行くことになっている。
事前に届いた手紙には、一年A組と書かれていた。
正門からそれなりの時間をかけて敷地を歩き、高等部の校舎へと入る。
パンフレットとかでは見ていたけど、本当にすごい設備だな。まず廊下が広いし、綺麗だ。教室には電子黒板やICT機器が
落ち着け、深呼吸だ。
こんなことで心を惑わされるな。
そう自分に言い聞かせながら教室の扉を開く。
「っ!」
瞬間、身体が固まった。
教室に既に来ていた生徒たちの視線が一気にこちらに集まったのだ。
待て、動揺するな。
思い出すのは、中学の入学式。親父を亡くしたばかりの俺は
結果があれだ。
ただでさえ外部生の肩身が狭そうなのだから、ここで舐められては中学時代の二の舞。
俺が馬鹿にされる分には気にしないが、ホムラの
俺はいたって平静を装い、胸を張って電子黒板の方を見た。
そこには座席表が表示されており、俺の席は教室の真ん中後方のところだった。
歩きながらも周囲の様子は確認する。別に友達が欲しいわけではないが、これから共に過ごすクラスメイトだ。
観察しておいて損はないだろう。
既にグループを作って話している生徒たちは、恐らく内部生。
そして俺と同じように周囲を見て、誰に話しかけるべきか見計らっているのが外部生だ。
一見すると普通の高校生たちだが、ここにいるということはすなわち、あの試験を合格したということだ。
何か、改めてすごいところに来てしまった気がするな。狼の縄張りに踏み込んでしまった羊の気分だ。
だが臆するな。たとえ俺が羊であっても、それを悟られてはならない。
肩で風を切るように、俺は自分の席へと向かう。
気のせいか周りの生徒たちから注目されているような気がする。どういうことだ、あまりにも堂々としすぎたせいで、入学初日から目をつけられてしまったのか。
そこらの治安の悪い学校より、やべえ奴らしかいないので、わりとありそうなのが怖い。
俺は内心震えながら、自分の席に座り、一息つく。
とりあえず今日は舐められず目立ちすぎずが目標だな。
時間までは携帯でニュースでも眺めていようかと思った時、誰かが俺の前に立った。
誰だ?
ろくすっぽ考えもせず俺が顔を上げるのと、彼が話しかけてきたのは、ほぼ同時だった。
「お久しぶりです。僕のこと、覚えていますか?」
「‥‥」
絶句とは、このことだろう。
そこに立っていたのは、俺が試験で戦った
前に見た通り、性別ってそんなに大事ですか? と言わんばかりの中性的な顔立ちと
俺が驚いたのは、剣崎がここにいるということにではない。あれだけの強さだ。俺は初見殺しで相打ちにまで持ち込んだが、その実力は圧倒的に上。
俺が受かっていて剣崎が受からないはずがない。
じゃあ何に驚いたかっていえば、話しかけられたことだ。
剣崎からすれば、俺は意味の分からない登場をした挙句、戦いに水を差した邪魔者だ。ちょっと心苦しくなってきた。
な、何のために話しかけてきたんだ? お礼参りか?
思わず身構えようとする身体を、理性で制止する。ここで
俺はいたって冷静な声で返した。
「お、おおおおう。ひ、久しぶりだな剣崎」
もう駄目だ。
そもそも同級生とまともに会話すること自体久しぶりだ。そりゃ話せるわけがなかった。
噛みに噛みまくった俺の返事に対し、剣崎はニコニコしたまま頷いた。
「はい、同じクラスになれたみたいですね。嬉しいです」
「そ、そうか」
え、どういう意味?
お前を叩き潰す機会がたくさんできたぜえって話? 柔らかな笑みの奥で、どんな思いが渦巻いているのか分からない。
俺は知っている。こういうタイプに限って根が深いんだよ。
今なら謝って許してもらえないかな。
「あの、剣崎。あの時は」
「
「いきなり割って入って――はい?」
「王人と呼んでください」
え、何々どういうこと。俺の白湯より薄い学校生活を振り返ってみると、友達を名前呼びするなんて経験は小学校低学年以来のことだ。
あれは名前を呼ぶという意味をきちんと理解していなかったからできたこと。高校生になった今、異性はもちろん、同性だって名前で呼ぶのは抵抗がある。
中学にいた陽キャウェーイな連中は親密度を確かめるように名前やあだ名で呼び合っていたが、俺はそんなことはしない。名前だって簡単に呼ばせるようなことはしない。
そういうのはあれだ。
真に信頼できる相手だけだ。唯一無二の親友とか、恋人とか、そういう相手だけだ。
ホムラはホムラなので、とりあえずノーカウント。
とにもかくにも、ほぼ初対面の相手を名前で呼ぶのは無理だ。
「悪いな剣崎、まだそんな関係じゃ‥‥」
「僕も
キラキラとした目で剣崎が俺を見てきた。体勢的には剣崎の方が見下ろす形なのに、上目遣いをされているようにさえ感じる。
男、だよな‥‥?
おかしい。俺がこれまで見てきた女子の中でも、トップクラスに可愛い。もしかしてそういう
俺がギリギリのところでこの魔性に
あの鬼神のような強さを知らなければ、この可愛さにコロッと行っていただろう。
「だから、その、そういうのはさ。もう少し関係を深めてから」
「僕は君と友達になりたいんです」
「‥‥」
「‥‥駄目ですか?」
「いや、そんなことはない‥‥と思う。よろしく頼むよ、お、おお王人」
「はい!」
こいつ可愛いなちくしょう!
なんなんだよ。友達になろうなんて言われたの、数年ぶりだぞ。こんなストレートに好意を伝えられると、頬が熱くなる。
それにしても心当たりがない。俺がしたことは邪魔だけだ。そんなことで友好度が上がるのは、フラグが意味不明なギャルゲーくらいのものだ。
「どうして俺と友達に? 迷惑しかかけてないと思うんだが‥‥」
「迷惑ですか?」
剣崎――王人は心底不思議そうに首を傾げた。柔らかそうな灰色の髪が揺れ、大きな目にかかる。本人にその気はないのかもしれないが、仕草の一つ一つが可愛らしい。
ホムラにはない正統な可愛さだな。あいつは色物枠というか、
「迷惑なことなんて何一つありませんよ。君の戦いは本当に楽しかった」
「そ、そうか」」
「できることならすぐにでももう一戦やりたいところですが、新入生ではそうもいかないでしょうし。またの楽しみですね」
「‥‥」
え、それ友達?
どちらかというと、狼に恋された羊の気分だ。俺が横槍を入れても怒らなかったのは、そういうことか。いるんだなあ、バトルジャンキーって。
しかしご期待のところ申し訳ないが、俺があの時相打ちまでもっていけたのは、『
今戦えば、確実に王人が勝つ。
しかしそれを言ったところで今の王人は納得しなさそうだ。
逆に考えよう。俺の目的はホムラの情報を知る
「これからよろしくお願いしますね、護」
多分。
可愛い。
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