第10話 バトルロワイアル 開始

 受験会場は広いアリーナだった。体育館と呼ぶには大きすぎる、一般的な学校の三倍くらいはありそうだ。


 そこに椅子が並べられ、受験生たちは指定の場所に座らされていく。


 ここが受験会場なのか? いくら広いとはいえ、この人数で動くのは難しいだろ。


 今日の受験は、正確には二次試験になる。


 一次はオンラインでの筆記試験。これは死に物狂いで勉強してきたおかげで合格できた。


 『守衛科』の二次試験は、実技試験・・・・だ。


 入試要項には、『魔法マギを用いた戦闘実技』とだけ書かれていた。それ以外の情報は一切なし。これまでの入試情報も厳密に隠蔽されているらしく、とにかく魔法を使った戦闘ということしか分からなかった。


 やばい、めっちゃ緊張する。


 周りにいる受験生たちは、みんな強そうに見える。


 というか桜花魔法学園の制服を着ている連中は、全員内部受験組だろう。外部も内部も全員一緒に試験するんかよ、普通分けるだろ。


 戦闘にも問題なく使用できる桜花魔法学園の制服は、見た目、動きやすさ、防御性能、着心地、全てに配慮して作られた最先端技術の塊だと聞いたことがある。


 俺もこの会場に入る前に更衣室で動きやすい服に着替えたけど、そこらへんのスポーツ用品店で買った灰色のジャージだ。


 アウェー感すげえ。


 同時に心が湧き立つ。


 実はこの学校は親父の母校なのである。元々は俺も中等部から通う予定だった。親父が死んだから一般の中学校に通うことになったわけだが、まさかここに来ることになるとは。


 なんだか感慨深いものがあるな。


 そんなことを考えていたら、アリーナの壇上に一人の男性が現れた。


 初老の男性はマイクを持つと、話し始めた。


「それでは定刻となりましたので、これより国立桜花魔法学園高等部、『守衛科』の二次試験を始めます。まずは試験の内容について話しますので、よくお聞きください。基本的に試験に関する質問は受け付けておりませんので、お願いします」


 男性がそう言うと、壇上の背後にあったスクリーンに映像が映し出された。


 それはどこかの街並みのようだった。


「現在映っておりますここは、当学校に勤務している妖精フェアリーによって作られた異空間です」


 ──はい? 異空間? マジかよ、妖精フェアリーってそんなこともできるの。


 というかサラッと勤務しているって言ったけど、妖精フェアリーが学校に勤務ってなんだよ。どういう契約なんだ、それ。


 どうやら驚いているのは俺を含め外部受験の人間だけらしく、内部受験組は当然といった様子で話を聞いている。


 男性は俺たちのどよめきは無視して話を続けた。




「みなさんはこれからこの異空間に行き、受験生同士で戦闘を行なってもらいます」




 ‥‥なんて言った今。


「安心してください、この異空間では痛みを感じませんし、現実にほとんど影響を及ぼさない作りをしていますので、一定の傷を負えば、その時点で退場。今座っている場所に、傷一つなく戻ることを約束します。また、試験官が常に監視をしていますので、我が校に相応しくない振る舞いをした場合も、試験官の裁量により退場となります」


 淡々とした声が響く。


 どうやら本気らしい。この学校は試験にバトルロワイヤルを採用しているのか、狂ってるだろ。


 ただ試験を利用して人道にもとる行いをすることは許さないと。


 初老の男性は、半分閉じた目でゆっくり俺たちを見回し、静かに言った。


「みなさんは将来、魔法マギを正義のために使う覚悟をして我が校の門を叩いたと信じております。試験中の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが採点対象になるとお考えください。それでは、ご武運を」


 ぞくりと、背中に刃物を当てられたような感触。


 男性が言い終えると同時に、アリーナを光の幾何学模様が覆った。


「うぉ!」


「なんだ⁉︎」


「これが──」


 驚く声と、誰かが立ち上がり椅子が倒れる音。


 何もかもがデタラメだ。情報が完全に隠蔽されているのかと思っていたけど、こんな話ネットで流したところで、冗談だと笑われるだろう。


 まるで真正面から言われているようだ。常識は捨てろ、これが桜花魔法学園だと。


 興奮にいきり立つ者、驚き呆気にとられる者、黙ってその時を待つ者。


 その全てを光は包み、俺たちは本物の試験会場へと迎え入れられた。




    ◇   ◇   ◇



 

 それは受験生たちが異空間に飛ばされて数分後。


「いつ見てもすごいですよね。昔を思い出して吐きそうです」


「吐くのはやめなさい。君も今日は試験官です、彼らの動きを少したりとも見逃すことはできませんよ」


 試験の説明をしていた初老の男性は、試験官たちが待機する部屋に来ていた。そこでは桜花魔法学園の教員たちがタブレットを片手に座っている。


 彼らが受験生を評価する試験官たちだ。


 そして部屋に設置された巨大なスクリーンには異空間の様子が映し出されていた。


 異空間を作り出した妖精フェアリーの力によって、あらゆる場所の映像が転送されて来ているのだ。


 男性に話しかけた年若い女性教員も、タブレットを持って身を固くしていた。


 彼女も昔、この試験を受けた桜花魔法学園の卒業生なのだ。こうして母校の教員になった今は、見定める側に立ったのだ。


 映像では、受験生たちの動きは大きく二つに分かれていた。冷静に動き出す者、そして状況を把握できずにその場で立ち止まる者だ。


 前者の多くは内部生、後者の多くが外部生だ。


 彼女はそんな様子に昔の自分を思い出してぼやいた。


「それにしても改めて見ても酷くないですか、この試験。いきなり見ず知らずの人間と戦えなんて、難しいですよ」


 初老の男性はスクリーンとタブレットを交互に見ながら言った。


「だからこそです。怪物モンスター被害や魔法犯罪が多くなっている今、求められるのは、戦闘に適した思考力、判断力、何よりも覚悟を持っているかどうか。事前に言ったでしょう、見るべきは倒した数ではありません、そこに至るまでの過程です」


「は、はい」


 女性教員は、気を引き締めて受験生たちを見始めた。そこでは既に新たな動きが始まっていた。




    ◇   ◇   ◇




 光が収まり、あたりが見えるようになると、俺は街中に立っていた。所狭しと並ぶ建物と、どこまでも続くのではないかと思う大通り。


 よく見れば看板の文字や建物の内部まで精巧に作り上げられている。ただしその文字列は読めそうで読めない。どこまでも本物らしく作られたフィクションだ。


 どこかの街を参考にしているのか、それとも一から作ったのか、どちらにせよ尋常じゃない。


「おお、すごいな」


 思わずしゃがんで地面を触ってみる。硬さも感触も、アスファルトそのものだ。現実のそれと全く違いが分からない。


 これが異空間なのか。妖精フェアリーがこんなこともできるなんて、知らなかった。魔法マギをくれるだけじゃなかったんだな。


 ポンコツ妖精フェアリーと名高いホムラと接していたせいで忘れていたけれど、彼女たちは人智を超えた異次元種だ。常識で推し量れる存在じゃないっていうのを、改めて実感させられる。


 音も、匂いも、空の光も、何もかもが本物と遜色そんしょくない。ただ一つの違和感は、この街並みに対して人の気配がしないことだ。


 文字通りのゴーストタウン。


「ここで同じ受験生を見つけて、倒せばいいんだよな」


 簡単に言うけど、そもそもどうやって見つけるんだ? この街をひたすら走り回れと。そんな馬鹿な。


 そんなことを思っていると、腕に見覚えのないものが着いているのに気付いた。


 なんだこれ。液晶画面のついた腕時計のように見えるが、そこには街の地図が映し出され、定期的に中心から伸びた線が周回していた。‥‥もしかしてレーダーか?


 もしそうだとしたら、逃げ隠れて最後まで残ることは難しい。守衛魔法師ガード志望の受験なのだから、これは当然と言えば当然だ。


 実際受験生たちが映るのかどうかは分からないけど、定期的に見るようにした方がいいな。


 とにかく相手を見つけないことには話が始まらない。


 そうして警戒しながら歩き始めて数分、レーダーに変化があった。俺から見て二時の方向に、光点が現れたのだ。


 来たな。


 もしこれが受験生を見付けるレーダーだったとしたら、俺にこれが映っているということは、相手のレーダーにも俺の反応が映っているということ。


 それを証明するように、光の点は速度を増し、一気に近寄ってくる。


 迷いがないな。完全にこちらを捕捉している。


 俺は何が来ても対応できるように身構えた。


「は、見つけたぞ不適合者オールド!」


 そしてそいつは姿を見せた。


 なんとも不思議なことに、俺はその男に見覚えがあった。同級生の茶髪だ。ホムラを巡り、一度負かしたあいつである。


 お前か‥‥。


 いや、確かに守衛魔法師ガードになるのが夢だって言っていたから、ここにいることはおかしくない。それにしたって、試験の真っ只中に会うことあるかよ。運命の女神様は、どうにも意地が悪いな。


 茶髪は間合いを計るようにして立ち止まり、俺を睨みつけた。


「お前が試験会場に居るときは見間違いかと思ったけどよ、まさか本物だったとはな。魔法マギも使えないくせに、こんなところでなんの真似だ?」


 茶髪の疑問は最もだ。


「いろいろ事情が変わったんだよ。試験中だ、お互い必要ない話をしても仕方ないだろ」


「そうだな。あの時は油断した。魔法マギも使えないような人間に本気で攻撃したんじゃ、殺しちまうからな。だが、ここなら違う」


 茶髪はそう言うと、魔法マギを発動した。アイコンが弾けると共に、全身を薄い光の鎧が覆った。


 『エナジーメイル』。


 守衛魔法師ガードを目指す人間が、最も修練すべきとされる魔法マギ。その効果はシンプルで、身体強化と防御力の向上だ。


「本気の勝負なら、てめえ如きに負けるわけがねえんだよ」


 こいつを発動されたら、非魔法師は絶対に勝てない。人間が生身で車と勝負するようなものだ。


 前に戦った時は、これを発動されたらとりあえず逃げ回るつもりだったけど、あの時は使えなかったのか、使わなくても勝てると思われていたのか。


 今となっては、考えても仕方のない話だ。


 戦闘前の緊張感が心臓を締め付け、呼吸が浅くなる。初めて怪物モンスターと戦い、ホムラを失った時の記憶が頭を過った。


 二度目の実戦。臆するな、何のためにここに来たんだ。 


「行くぞ不適合者オールド!」


 茶髪はそう叫び、一気に間合いを詰めてくる。その速度は普通の人間が出せるそれを遥かに凌駕していた。


 同時に彼は腕を振るい、『ショックウェーブ』で前方に衝撃の壁を作り上げた。目で見て分かるほどに、明確に分厚く大気が歪む。


 避けるか防いだところに、肉弾戦を仕掛けるつもりだな。前よりも圧倒的に戦闘のスキルが磨かれている。


 ムカつく奴ではあるけれど、そこに込められた努力だけは本物だ。


 だから俺も本気で迎え討つ。


「『火焔アライブ』」


 足元で炎を模したアイコンが弾け、俺の身体から火の粉が舞った。肌が赤熱し、瞳に『ワン』の文字が浮かぶ。


「なっ⁉︎」


 茶髪が驚きの声を上げるが、もう遅い。


 既にそこは俺の間合いだ。


 炎によって強化された脚で地面を蹴り、俺は真っ向から茶髪に突っ込んだ。


 茶髪が放ったショックウェーブは、威力も速度も前回とは桁違い。真正面から突っ込むなんて正気の沙汰じゃない。


 だが押し切る。


 ショックウェーブとぶつかる瞬間、脚で急ブレーキをかける。勢いを無理に止めれば、そこに反動が生まれる。それを瞬時に脚から腰へ伝え、拳を撃ち出した。




 『振槍しんそう』。




 放たれた拳は一点を確実に貫き、敵の急所を穿つ。


 『火焔アライブ』によって強化された振槍は、まさしく炎の槍と化してショックウェーブをぶち抜いた。


 大気が波打つように四散し、それを巻き込んで炎がうねる。


「くそっ!」


 叫びながら、茶髪は両腕を上げて防ごうとした。


 それでは止められない。振槍しんそうは気炎を揚げて腕を弾き飛ばし、茶髪の顔を捉えた。


 エナジーメイルと拳が火花をたて、拮抗きっこうしたのは一瞬。


 ゴッ‼︎ と鈍い音を立て、赤い衝撃波と共に茶髪が吹き飛んだ。


「悪いな、もう不適合者オールドじゃねーんだ」


 その身体が地面に着く前に、茶髪は光の粒子となって散った。


 あれが試験官の言っていた退場か。


 一定以上のダメージを負うと退場になるのか、それとも意識を失ったら退場になるのか。俺は『火焔アライブ』で回復することができるが、致命傷を負ったら回復を待たずして退場させられそうだ。


 ダメージを負うなら、そこの見極めが必要になるな。


 火焔アライブを解除しながら、俺は小さく息を吐いた。

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