第4話 不適合者の許せないこと
俺は自分でも気づかない間に茶髪たちを呼び止めていた。
やめとけ、受験生だぞ。ここは学校じゃない、誰も止めてくれないところで喧嘩なんてしたら、
そんな理性を無視する。
少なくとも、今だけは違う。お行儀よくルールを守っているべきじゃない。
軽快なおしゃべりは一瞬にして止まり、
「何だよ」
もうそこに笑顔はない。穏便な話にならないことは、向こうも気付いているはずだ。
それでも止まらないし、止める気もない。
「ホムラに謝れ」
「何? なんでそんなことしなきゃいけないわけ?」
「ホムラは役立たずじゃない。今の暴言について謝罪をしろと言っているんだ」
こいつは自分勝手な思い込みでホムラを見下し、暴言を吐いた。それを何事もなかったかのように終わらせるわけないだろ。
しかし茶髪は悪びれもせず言った。
「こっちはそいつのせいで無駄な労力を使ったんだけど。むしろ謝ってほしいくらいだけど」
「勝手に期待したのはそっちだろ。責任転嫁するなよ」
いや、期待という言葉すらふさわしくない。こいつらはホムラの力だけをあてにしてきたのだ。
茶髪は肩をすくめて笑った。
「何をそんなに
本気になるなんて馬鹿だ、こんなことで怒るなんて器が小さい。へらへらした笑いの中から、そんな言葉が聞こえてくる。
これもこいつらの
しかしそんなことはどうでもいい。今の言葉で改めて分かった。こいつらはホムラを意志あるものとして見ていない。ゲームのNPCか何かだと思っている。
だから自分の思い通りに動かなければ苛立ち、平然と礼儀を欠いた行動を取る。
「そういう適当な言葉ではぐらかすなよ。他にやり方知らないのか?」
「は?」
考えろ。こいつが一番反応する言葉は何か。
端からこいつがまともに謝るなんて思ってない。たとえ言葉だけの軽薄な謝罪をされたところで、ホムラが受けた屈辱は晴れないのだ。
「口ばっかりじゃ、
その言葉は
茶髪の雰囲気が完全に変わった。
「
低く唸るような声。
「ちょ、やばいって」
「もうあんなやつほっとこうよ」
「うるせえな。これだけ馬鹿にされて引き下がれるかよ」
周りの連中もやばいと思ったのか、慌てて鳥居の向こう側に駆け出す。
茶髪はそれを見ることもなく、こちらに一歩踏み出した。
「俺が
「よく考えろよ。思い通りにならなきゃ
ギリッと茶髪の歯が鳴る音が、俺にも聞こえた。
「護、もういいですから。やめましょうこんなこと」
危険な雰囲気を感じたホムラが
向こうにもな。
「離れてろホムラ、すぐ終わる」
ホムラはしばらく迷っていた様子だが、こちらに退く意思がないと諦めたのか、距離を取った。
茶髪も巻き込むつもりはなかったんだろう。それを見届けてから言った。
「覚悟はできてるんだろうな、
「こっちの台詞だ」
「そうか、よ!」
それが始まりの合図だった。
茶髪が目の前を薙ぐように腕を振った。
パァン! という音と共に目の前の景色が歪んだ。
「っ!」
次の瞬間、前面に叩きつけられた衝撃に足が大地を離れ、浮遊感が襲う。
『ショックウェーブ』。
暴風を生み出す
下は石畳。まともに受け身を取ってもダメージは免れない。
だから俺は抗わない。風の波に運ばれるようにして、後ろに跳ぶ。腕は前で衝撃を受け、膝を曲げてバランスを取る。
そして着地。
スニーカーが石畳をこする音が脚を伝わって響いた。
茶髪にも多少の理性は残っていたらしい。本気のショックウェーブだったら、こんな簡単にはいかない。あるいはこれが彼の全力だったのか。
どちらにせよ、次はこちらの番だ。
着地と同時に膝にためていた力を解放し、一気に前に走る。
「何⁉」
茶髪が慌てて腕を振った。
ショックウェーブの長所は見えにくいところ、そして面での制圧が可能なところ。近づくほど
だが来ると分かっていれば、やりようはいくらでもある。
俺は倒れる寸前まで体勢を低くしながら、全力で地を蹴って前に進んだ。
二発目が来た。
身体にぶつかる風圧を感じながら、それを貫くように走る。
お前のショックウェーブじゃ、中心と端で威力が違い過ぎる。冷静に俺の進路を見極めていたら、あるいは止められたかもな。
「くそ、ふざけんな!」
「この距離じゃそれは遅ぇよ」
三度ショックウェーブを発動しようとする茶髪の腕を掴みながら背後に回る。関節を
「ぐっ!」
「下手に
言葉通り、ミシミシと茶髪の腕から音が鳴った。
茶髪は苦悶の声を上げながら、地面をつま先で叩く。
使おうにも、痛みでそれどころじゃないだろう。
「さて、じゃあ謝ってもらおうか」
その声が茶髪にはどう聞こえたのだろうか。
そんなことは俺の知ったことじゃない。俺はホムラを近くに呼んだ。
しばらく痛みに呻いていた彼は、数分後、観念したように謝罪の言葉を口にした。
◇ ◇ ◇
「何故あんなことをしたのですか?」
また静かになった縁台。ホムラはそこで不機嫌です、といった顔で言った。
「ムカついたからだ」
「ムカついたから喧嘩になるとか、何歳ですかあなたは」
「何歳になっても同じようにするだろ、あれは」
「余計にダメですね。進歩がありません。成長していません」
言いすぎだろ。
だが、確かにやりすぎた感は否めない。まあ、この件が表沙汰になったら
多分。
ホムラはため息をつき、そっぽを向いたまま言った。
「でも、ありがとうございました」
「お礼は人の目を見て言うものだぞ」
「私は人ではありませんので」
それもそうだ。
だから俺もホムラの方を見ずに言った。
「どういたしまして」
「くるしゅうありません」
「それ使いどころ絶対今じゃないだろ」
ホムラの方を見ると、完全無欠に美白な耳は、熟れたりんごのように真っ赤になっていた。
素直じゃないな。
そういえば、一つ聞いておきたいことがあったんだ。
「ホムラ、どうしてあいつらを無視しなかったんだ? いつもならそうしてただろ」
「それは、あなたの同級生だったから――」
そこまで言って、ホムラは口を閉じた。
そ、そうか。俺の同級生だから気を遣って話してくれてたのか。
なんだよ、そういうことか。そんなこと気にしなくていいのに。
「あ、ニヤニヤしていますね。人の気遣いを笑っていますね?」
「いや、笑ってないぞ」
「笑っています。いいから顔を見せなさい護。逃げるんじゃありません!」
やめろ、人の顔を勝手に見ようとするな。肖像権の侵害だぞ。
そこから始まる鬼ごっこ。真夏に二人で何やってるんだと思うが、結局俺たちは日が暮れて動けなくなるまで
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