殺戮の巨人

MAO

プロローグ

第1話 旅立ち

 ユートピア。


 求めても、求めてもたどり着かない場所。


 案外と、後になって考えてみれば最初にいた場所こそが最も"それ"に近かったりする場所。


 少年『ザクベル』も、今まさに、そのことを実感していた。


(ちくしょう、なんで……)


 迫りくる一撃を躱して飛ぶ。


(いったいどうして、こんなことに……!)


 着地したところに、巨人の手から吐き出された毒霧が浴びせられる。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


 ――熱い。背中が灼けるようだ。


 遠のいていく意識の中、彼は自らが生まれた場所に想いを馳せていた――



 *****



「――ベル」


「――クベル」


 誰かが呼ぶ声がする。


 真っ暗で、静寂に満ちた、ふわふわした、心地いい世界。


 ずっとそこにいたくなるような、暖かい場所――


「ザクベル!」


 ハッ、と気が付くと、隣から幼馴染の悪友『タラカン』が顔をのぞき込んでいた。


「……ふぁ……んだよ、タラか」


「んだよ、とはご挨拶だな相棒。せっかく"いいトコ"に連れてってやろうと思ったのによォ」


「"いいトコ"?」


「クックック。そいつぁ来てのお楽しみ」


 ガシッと首に手を回してくる悪友。


「わかったわかった、わかったから手ェ離せ」


 ザクベルは気だるげにその手を振り払うと、ダラダラと彼の後について歩を進め始めた。


 日は落ち、時刻は夜を迎えている。


 ねぐらを一歩出ると、そこは巨人が闊歩する世界。


 彼らが行き来するたびにズゥン、ズゥンと衝撃が伝わってくる。


「……巨人、いるな」


「だな」


 特段の恐怖も敵意もない。生まれたときからこんな感じだから、だ。


 基本的に、巨人はそこまで危険な存在ではない。


 彼らはザクベルたち"メケ人"がそこにいることに全く気付いていないわけではないが、いきなり発狂して襲い掛かってくるようなことはない。


 うっかり目の前を横切ってしまうこともあるが、むしろ踏みつぶさないように気を付けて避けてくれさえする、心優しい生き物なのだ。


 巨人なんかよりよっぽど危険な存在は、この世界に山ほどいる。


 その中でも最も危険なのは――


「おいタラ、どこ行くんだよ。大丈夫か? こんなに道を堂々と歩いて。"ヤツら"に遭遇でもしたら――」


「ヘッ、大丈夫大丈夫。そうそう正面から連中と遭遇することなんて――」


 こちらを振り向きながら歩くタラカンは、不意に目の前の巨大な何かにぶつかった。


「わぷっ! ってーな。 あんだぁ? この毛むくじゃらのもふも……ふ……は……」


 見上げていくタラカンの顔色がだんだん青ざめていく。


「ミ――マグムゥッ!」


 叫ぼうとしたその口をとっさに塞ぐザクベル。


「シーッ! 騒ぐんじゃねぇ、タラ!」


「ムグムグムグッ……」


「落ち着け、よく見ろ。 ヤツは目の前の"ブツ"に夢中だ。こっちに気づいちゃねェ」


 なるほど。見上げてみると壮観な光景だ。


(タラが見せたかったものってのは、これか)


 見渡す限りの食料の山。それが、透明な膜に覆われて路上に捨て置かれている。


 おそらく巨人が設置してくれたものだろう。それ自体はありがたいのだが、いかんせんその膜を突破するのは少々骨が折れるからある意味運がいい。


 メケ人を捕食する凶悪な怪物"ミマルキー"。ヤツらの巨大な歯はあらゆるものを粉砕し、膜も容易に食い破る。


「へっ、皮肉なもんだな、相棒。同胞の体をかみ砕くヤツらの歯が、宝の山の扉を開く武器にもなるなんてよ」


 冷や汗をかきながらも高揚感を隠せずペロリと舌なめずりをするタラカン。


「おい相棒、こっちだ。山の裏に隠れて、連中が去った頃合いを見て俺たちも分け前をもらっちまおうぜ」


「おう」


「へへっ、みんな喜ぶぞぉ~。なぁ相棒、お前、ローラのことどう思う?」


「あ? パネローラ? 別に……あいつがどうかしたのかよ」


「ホントか? ホントにホントか? 後でやっぱ訂正とかナシだぞ?」


「しつけェな。 いったいなんだよ」


「へへ……この宝の山持って帰ったり、場所教えてやったりしたらさ、普段そっけないアイツも少しは俺のこと見直してくれるかな。 俺……このミッションが成功したらローラにコク――」


 バリッ。


 最後まで言うことなく、タラカンの首は飛んだ。


「――うぉっ!?」


 会話に気をとられて油断していた。いつの間にかミマルキーが大量に集まってきている。背後からガップリと嚙みつかれたタラカン。もはや助かるまい。


 あっという間に、両手両足が四方八方からちぎり取られていく親友――だったモノを後目に、ザクベルは瞬間的に大きく跳躍した。


「うおぉ……ぉぉぉぉおおおおッ!!!!」


 50mを超えようかという大跳躍。壁の凹凸に手をかける。


 よし、ここまではこれま――


「いぃっ!?」


 下から来る――かと思いきや、上からだ。ザクベル以上の大跳躍を見せたミマルキーが、ゴオオオオと風を切りながら彼の上へと覆いかぶさりに来ていた。


「くっそぉぉぉ、こんなところで……死んでたまるかぁぁぁぁぁっ!!」


 壁を蹴ると、瞬時にトップスピードに乗る。時速200kmを超える超スピードには、さすがの怪物もついて来れない。彼がコンマ数秒前にいた場所に次々に怪物が殺到しゴンゴンと壁にぶつかり地上に落着する。


 これが彼らメケ人の生まれ持った身体能力。残酷なこの世界で生き抜くための力だ。


 壁を走りながら、地上のミマルキーがそれ以上追ってこないことを確認すると、ようやく生きた心地が戻ってきた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ちくしょう、タラ……」


 友を失った悲しみにしばし壁の凹凸に足をかけたまま時を過ごしていると、不意にゴゴゴゴゴ、と大きな扉が開く音がした。


(これは……)


 巨大な扉から出てきたのは女型の巨人。それは壁上のザクベルを視認すると、大げさに体をよけて、プイッと視線を外してどこかへと去っていった。


(いい巨人だな……俺をおびえさせないように距離を大きく保ってくれて、見なかったフリをしてくれる……)


 再び固く閉められる扉。


 そのとき、ザクベルの脳裏にある考えがよぎった――


(巨人が出入りする、密閉された巨大な構造物……待てよ……? この構造物の中なら、ミマルキーは入ってこれないんじゃ……?)


 とはいえ、当のザクベルですら入れる隙間が扉の周辺には見当たらない。


(いや、あきらめるな……この構造物の周辺を隅々まで調べる価値はあるかもしれない)


 もしこの中に入ることができたなら……もしかしたら、そこには理想郷ユートピアが広がっているかもしれないのだ。


(タラ……お前の死は無駄にはしないぜ。おかげで進むべき道が見えてきた気がする。俺は……こんな世界とはおさらばしてやる。そして、たどり着く……へ……!!)

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