第25話:約束?
「グレイ……レベッカさんに言ったことは、本気なの?」
『野獣の剣』のメンバーたちと別れた後。クリフが真剣な顔で訊く。
「ああ。クリフ、俺はレベッカたちとこれで終わりにするつもりだ」
「グレイが決めたことなら、止めないけど。君らしくないと思って……いや、ごめん。忘れてよ。僕が口出しするようなことじゃないね」
自分も俺について来ただけで。俺の方には一緒にいる理由がない――クリフは、そう思っているんだろう。
※ ※ ※ ※
翌日。俺は約束通りに、レベッカと戦うことになった。
場所は迷宮都市トレドの郊外。他の奴に見られると、また面倒なことになりそうだから。人目がないところを選んだ。
俺とレベッカの戦いを見届けるのは、A級ハンターパーティー『野獣の剣』の他の3人とクリフ。
銀色の髪と、頭にある三角の耳。レベッカは可愛らしい見た目に反して、『野獣の剣』の中で一番強い。
「グレイ。ようやく、君と戦える。最初から全力で行くから!」
レベッカは魔力を発動して、一気に加速する。
相手に予測させない不規則な動き。レベッカは一瞬で距離を詰めると。左右の手に持った双剣で、俺の首と心臓を正確に狙う。
レベッカは見た目と動きから、スピードタイプだと見られがちだけど。パワーも虎の獣人ギースを超える。こいつの魔力は、ギースを遥かに上回っているからだ。
だけど俺にとっては、それでもレベッカは弱過ぎる。
俺は最小限の動きで、レベッカの双剣を躱す。戦闘技術はジャスティアに散々鍛えられたからな。レベッカの動きは、俺には止まって見える。
続けざまの攻撃を、俺は全部ギリギリで躱すと。レベッカの双剣の軌道に合わせて、2度突きを入れる。
次の瞬間。レベッカの双剣は粉々に砕け散った。
「私の剣が……」
殴り飛ばさなかったのは、俺には女を殴る趣味がないからだ。レベッカは変な奴だけど。一応、女だからな。
「レベッカ、これで気が済んだか? 最強のハンターを目指すのは勝手だけど。今のおまえは、そういうレベルじゃないよ」
俺と『野獣の剣』の関係も、これで全部終わり。そういう約束だ。
「じゃあ、俺は行くからな」
「グレイ、待って!」
立ち去ろうとする俺の前に、レベッカが両手を広げて立ち塞がる。
「レベッカ、どういうつもりだ? 俺と戦ったら、全部終わりって約束だろう」
「そうだけど……そうじゃないよ!」
こいつ、何を言っているんだ? 意味が解らないんだけど。
「また訳が解らないことを言って。俺はもう、おまえにつき合う気はないからな」
レベッカは俺を真っすぐに見る。
「私は己惚れていた。グレイ、君が強いことは解っていけど。少しは歯が立つんじゃないかって思っていた……でも違った。グレイは私よりも、ずっと強い。それに気づかせてくれて、ありがとう!」
「別に礼を言わるようなじゃないだろう。それに俺の場合は、反則みたいなモノだからな」
俺は竜の姿になれない出来損ないの竜人だけど。何故か、生まれつき他の竜人よりも魔力が強くて、身体も丈夫だ。
魔法も戦闘技術も、何でも一度見れば大抵のモノは再現できる。自分で言うのも何だけど、完全に反則のような存在だからな。
「ううん、そんなことない。グレイには才能があるのは解るけど。今のグレイの強さがあるのは、努力したからでしょう?」
まあ、努力したことは否定しない。物心ついた頃から、いつか家を追い出されると解っていたから。俺は1人で生きて行く力を得るために、ずっと努力して来た。
起きている時間のほとんどを、鍛錬と実戦経験を積むために費やして。
ジャスティアと出会ってからも、自分が確実に強くなっていくことが面白くて。ジャスティアとの鍛錬にのめり込んだ。
だけど結局のところ。それができたのは、俺が反則な存在だからだ。
「グレイと戦ったら、それで終わりって約束したけど。ゴメン、撤回する」
レベッカは何食わぬ顔で。当然のことのように言う。
「レベッカ。おまえなあ、約束を破るつもりか?」
「うん、そう。だって、自分が間違っていたって気づいたから。仕方ない」
「いや、何が仕方ないんだよ?」
ちょっと頭が痛くなって来たな。ホント、こいつは何を考えているんだよ?
「だって私はグレイと一緒にいた方が、強くなれるから。勿論、君の邪魔はしない。勝手に付いていくだけ」
「それが邪魔だって言っているんだけど」
「だから邪魔はしない。そこは安心して良い」
全然、話が通じないんだけど……
「グレイ。レベッカがこう言い出したら、もう何を言っても無理だからな」
ガゼルの言葉に、ギースとシーダが深く頷く。いや、おまえたちまで、勝手に納得するなよ。
「グレイが何を言っても、私は勝手についていく」
俺ならこいつを置き去りにして、立ち去るのは簡単だ。だけど俺がレベッカのために、そんなことをする必要があるのか?
「レベッカ。おまえ、俺のことを舐めているだろう?」
「むう……そんなことない。グレイ、君が意地悪なだけ。ねえ、私はお腹が減った。みんなで一緒にご飯を食べに行こう!」
それが当然のことのように、レベッカは言う。理屈が通じない相手に、何を言っても無駄だな。
「グレイ。僕が言うのも何だけど。もう諦めるしかないね」
クリフが嬉しそうに笑う。
全然、釈然としないけど。何故か、俺は嫌な気分じゃなかった。
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