第20話

ソレイユはジェニエルと詳しい話をした後、部屋を出てから面倒な事になったと静かにため息をついた。

ずっと仕事が忙しいと言って逃げ回っていたソレイユは、沢山ある婚約話を断ってきていた。

両親にもせっつかれていたそのつけがここで来るとは。


(面倒な事にならないといいが……)


何せ相手は中々尻尾を見せないラビリンス家の主が相手。

その娘ならきっとソレイユの家を取り込もうと様々な手段を使って来る事は目に見えていた。


♢♢♢


初めて会った時、ソレイユはエルシャールの事を他人の顔色を窺って何をされても文句を言えないような女性だと思っていた。

だからこそ、自分が不要になったら捨てられる簡単な手駒だとソレイユは彼女を婚約者にした。


(利用するだけしたら捨てるつもりだったのにな……)


自分を見つめる意志の強そうな瞳に興味をもってしまった。

そんな彼女が初めて見せた感情に、ソレイユはなぜ彼女に対して本心で接してしまっていたのか理解した。

ソレイユは、見てみたかったのだ。

エルシャールの無表情な顔が崩れるその瞬間を。

たとえそれが自分の本性を知られたとしても構わないと思うくらいに、初めて見た時から彼女の赤い瞳が輝く瞬間を見てみたかった。


「足を見せてみろ」


ソレイユは突然そう言うと、エルシャールの制止も無視して彼女の裾をめくりあげた。

本来なら不躾な仕草であるにも関わらず、ソレイユはエルシャールしかいない状況を利用して彼女が遠慮をして押し問答するよりもさっさと行動することにした。

どうせ正式に婚約をしてしまえば足の一つや二つ今後も見る事になる。

そう思ったソレイユはエルシャールが裾を引きずりそうなほど長いドレスを来ていた理由を見つけて驚きに目を見開いた。


「これは……」

ドレスの裾をめくると、エルシャールの両足は傷だらけだった。


「あの家で出来たものか?」

「……」

「なるほどな」

答えない事が答えであると、エルシャールは知らないのだろう。

何も言わずに俯いているエルシャールにそれ以上追及せずに、ソレイユはエルシャールの右足からヒールを脱がせようとすると、エルシャールは小さく悲鳴を上げた。


「っ……」


ソレイユは自分の目の奥に火が灯るのを感じた。

エルシャールの右足は大きく腫れて紫色に変色していた。

よく見るとくるぶし付近にはヒールの踵で踏まれた跡があった。

サンドラ達が何かをしている事には気がついていたものの、自分がいる前でこれほどの傷を負わせる真似をしていたと知ってソレイユは怒りで目の奥が赤く染まるのがわかった。


「馬鹿げたマネをしてくれる」


ソレイユは吐き捨てるようにひとり言を呟くと、顔色が悪いエルシャールを一瞥してから立ち上がった。


「いいか絶対に動くなよ」

そう言い捨ててソレイユはエルシャールが何度も頷いた事を確認して部屋を後にする。

残されたエルシャールは一人、これから何が起こるのか恐怖に震えていた。

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