第3話
紘子にとって父親は恐怖の対象だった。
酒を飲んでは事あるごとに呼び出され、少しでも歯向かったり口答えをすると暴力の限りを尽くす。
生まれてから搾取されることが当たり前だった紘子にとって、暴力から生まれる痛みや苦しみが自分の生きている証に代わるのは直ぐだった。
警察を頼っても、家族内でのもめ事だと渋顔をされ、母と弟は父のそんな恐ろしい姿を見て見ぬふり。
紘子を抜いた3人家族で仲良しごっこをする彼らにとって紘子は体のいいストレスのはけ口ともいえた。
そんな紘子にとって唯一楽しみだったのは、家族全員が寝静まった頃に無料配信されている漫画を読む事。
煌びやかな世界に転生して人生を謳歌する主人公達に自分の理想を重ねながら眠る。
毎日のルーティンワークともいえる瞑想と言う名の現実逃避。
それがまさか自分の身に起こるとは思っていなかった紘子は、サンドラによってもたらされた痛みによって今自分が立たされている状況が夢でない事に気が付き、
自分の想像を超える展開にようやく目が覚めたような気がしていた。
――デリス・ラビリンス。
『私だけが知っている物語』においてラスボスとして主人公達に立ちはだかる男。
娘のサンドラを溺愛していて彼女のいう事ならどんなことも叶えようとする一歩で、
サンドラを使って自分が政権を裏で操る為にあくどい事に手を染めていた公爵家の中でも有数の商売人。
「……何をしている?さっさと身支度を済ませろ」
デリスはそう言うと、固まるエルシャールを冷ややかに見下ろして踵を返した。
彼が現れたのはエルシャールを守るためかと思ったがそうではなかったのかと、エルシャールは肩を落とした。
これから会う用人に弱みを握られないため。
サンドラを止めたのは大方そんなところだろうことは話の先が読めないでいるエルシャールにもわかった。
「はい、お父様」
「ソレイユ様がなぜお前なんかを選んだのか知らないが……せいぜい着飾ることだな」
憎らしいと言わんばかりの声で吐き捨てるデリス。
彼は、娘のエルシャールが辺境伯の妻に選ばれた事を不服に思っている事を隠しもしなかった。
「サンドラ、ソレイユ様がいらっしゃるんだ身支度を整えなさい」
「はぁい、お父様♡ 玩具で遊んでいたら少し気が高ぶってしまったの」
「髪を振り乱すのはソレイユ様が帰ってからにしなさい、直ぐにあちらの家に行く事もないんだ」
「そうね、ああ早くソレイユ様がいらっしゃらないかしら!」
エルシャールに背を向けてサンドラと共に出ていくデリス。
彼らはエルシャールの事など無視して楽し気に会話をしながら部屋を出ていく。
(可愛い娘、サンドラの方を嫁がせたかったってわけね……)
ゴミを見るようなエルシャールに向ける視線とは違い、サンドラを愛おしそうに見つめながら立ち去るデリス達の会話を俯いたまま聞いていたエルシャールは心の中で呟いた。
彼らが視界から居なくなり、ほっと息をつく。
そこでようやくエルシャールは自分がずっと息をつめて彼らに接していた事に気が付いた。
(この世界も前の世界と同じ……)
――ぽたり。
誰も居なくなった部屋で放心していたエルシャールは服に落ちた雫の僅かな衝動に目を見張った。
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