173 麻衣と手島
風斗たちがバスで逃げている頃――。
日本では、夏目麻衣が避難所を転々としていた。
「皆の家族の無事を確認したよ……っと、これでOK!」
未曾有の巨大地震が日本を襲ってから約1週間。
被害は甚大を極めており、余震が落ち着いても復興は進んでいない。
道路の至る所に瓦礫が散見されるが、撤去作業は行われずにいた。
通常であれば避難所を転々とすることなど不可能な状況だ。
しかし、手島の計らいによって、麻衣は特例に可能となっていた。
「夏目さん、移動をしてもよろしいでしょうか?」
自衛官が声を掛けてくる。
「はい! お願いします!」
麻衣は深々と頭を下げ、自衛隊のヘリに乗り込む。
(こっちは頑張っているんだから、そっちも頑張るんだぞー!)
心の中で風斗に檄を飛ばしながら、麻衣は次の避難所に向かった。
◇
日が暮れた頃、麻衣は都内某所のビル前にいた。
大地震の被害を受けたとは思えぬ綺麗な6階建ての白い建物だ。
企業のロゴ等は見当たらない。
入館してすぐに、自動式の巨大な透明のドアが進路を阻んでいた。
驚くことに電気が通っており、オートロックが機能している。
電気のみならずガスや水道、食糧まで確保済みだ。
ここは手島が個人で所有している極秘の研究施設だ。
居住区も兼ねており、手島祐治は現在、ここで過ごしている。
麻衣はカードキーでドアを開けて中に入った。
エレベーターで3階に上がる。
扉が開くと再び認証があった。
今度のドアも透明だが、スモークが張られて中が見えない。
ここではカードキーに加えて色彩認証まで要求された。
それが終わると、ようやく手島とのご対面だ。
手島重工の誇る選りすぐりの研究員たちと機械を操作している。
他には手島のボディーガードを務める武藤や宍戸里奈の姿もあった。
「お、戻ったか」
麻衣に気づいた手島は手を止め、彼女に近づいた。
「仲間たちの身内は無事だったか?」
「はい、おかげさまで! 色々と手配してくれてありがとうございます! 手島さんの協力がなければ、ここまで円滑には進まなかったと思います!」
麻衣はペコペコと頭を下げた。
「俺はただ権力を有効活用しただけさ。とにかく無事でなによりだ。事態が落ち着くまでの間、住居のほうも遠慮無く使用してくれていい」
手島の言う「住居」とは、この施設の居住区ではない。
今でも稼働している高級ホテルの部屋を指している。
風斗や麻衣たちの家族は、そうしたホテルで過ごしていた。
避難所では何かと大変だろう、と手島が手配したのだ。
「本当にありがとうございます、何から何まで」
「気にしないでくれ。それに見合うだけの物を受け取っている」
手島の視線がとある機器へ向く。
透明の筒に守られたそれは、風斗が忍ばせておいた謎スマホだった。
「謎スマホの解析は順調ですか?」
「敵の策略に乗せられているのではないかと疑うほどに順調だ」
麻衣もスマホに目を向ける。
「どう見ても只のスマホなのになぁ」
「見た目はな。だが、中身は全くの別物だ。ゲートの生成器に関する革新的な技術情報を始め、TYPプロジェクトが失敗した理由や異世界人Xについてもまとめられている」
「そこまで分かったんですか。ていうかXってやっぱり異世界人なんだ!?」
「地球人と同じような姿をしているかは不明だが、スマホを模したあのデータファイルによれば、Xは異世界人ということになる」
麻衣は「すごい」と呟いたあと、目を細めた。
「それにしても風斗、どこでこんな物を手に入れたんだろ……?」
「自力で入手したとは思えないし、異世界人とどこかで接触して託されたのだろう。明らかに俺が見ることを前提に作られていたからな」
「そうなんですか?」
「このスマホのデータは暗号化されているのだが、その暗号形式は手島重工が独自に開発したものだ。それも最高レベルのセキュリティでしか使っていない特殊なタイプになっている。地球人の中でこの暗号の解除キーを持っているのは手島重工の幹部だけだ」
「じゃあ、風斗が異世界人と接触したのって、私が日本に戻ると決まってからになるのかな」
「だろうな」
「日本に戻ることを決めたのって急だったけど、あの短期間に風斗が異世界人と接触する機会なんてあったかなぁ……」
麻衣は眉間に皺を寄せて過去を振り返る。
だが、彼女には風斗と異世界人の出会ったタイミングが分からなかった。
「ハッ! もしかして仲間の中に異世界人が紛れ込んでいる!?」
言ってすぐに、麻衣は「さすがにそれはないか」と自分にツッコミを入れた。
「あの機器を漆田君に渡した異世界人の思惑は不明だが、おかげで俺たちの技術力は数十年分くらい進んだ。じきに増幅器を不要とした小型の生成器が完成するだろう」
「それが完成したらどうするんですか?」
麻衣の問いに、手島は「ふっ」と笑う。
「決まっているだろう。別の階層にアクセスするのさ」
「でももう政府の援助は受けられませんよね? テレビとか見ても、ほら……」
「たしかに国民の敵として扱われている」
手島は表情を変えることなく答えた。
さらに続けて言う。
「だが、もはや政府の援助や国民の後押しは不要だ。新たな生成器ができれば、小型ボート一隻で別階層への侵入が可能になる。結果を出せば国や国民も掌を返すし、そうならなかったとしても、それはそれで問題ない」
「なるほど」
ここで会話を終える予定だった麻衣だが。
「あ、そうだ! 一つ質問してもいいですか?」
ふと気になった。
「どうした?」
「解析によってXが人だと分かったんですよね? 異世界人だと」
「先ほども言ったが、人と言っても同じような見た目かは分からない。腕が四本あるかもしれないし、翼が生えているかもしれない。もしかしたら人型ですらなく犬に似た見た目という可能性もある」
「外見はとにかくとして、風斗にあのスマホを渡した異世界人はどうして協力的なんでしょうか?」
「詳しいことは不明だが、解析したデータに書かれていることが真実だとすれば、異世界人も一枚岩ではないようだ」
「Xの計画を失敗させようとしている別の異世界人が、風斗にスマホを託したということですか」
「解析データに書かれていることが真実ならな。もちろんそう思わせておいて騙すつもり……という可能性もある。だが、俺にとっては異世界人の思惑などどうでもいい」
「どうでもいい?」
「向こうがどんな腹にしろ、生成器に関する技術情報に偽りはない。次の生成器は安定且つ確実にゲートを開いてくれる。それさえ確かなら何だってかまわないさ」
「またXに妨害される可能性はないんですか? たしかTYPプロジェクトが失敗したのって、Xが増幅器にこっそり手を加えたからだったんですよね? 出力を通常の数百倍だが数千倍だかにされたとか……」
「そうだが、その点も問題ない。今度の生成器は出力レベルを固定化している。詳しい技術の解説も必要ならするが?」
「いえ、大丈夫です!」
「キリがいいし話は以上でいいかな? 作業に戻りたいんだ」
「分かりました! すみません、お時間をとらせてしまって」
「かまわないさ。良い息抜きになった。必要になったら呼ぶから、それまで適当に過ごしていてくれ」
「分かりました!」
麻衣は「お邪魔しましたー!」と出ていった。
「あのー、手島さーん?」
里奈が話しかける。
彼女と武藤は、手島の傍で無言を貫いていた。
「なんだ?」
手島がぶっきらぼうに答える。
視線が里奈の顔から右下に向かう。
彼女は武藤の腕に抱きついていた。
「手島さんって、夏目さんと私で態度が違い過ぎませんか?」
「そうか?」
「そうですよ! だって私があれこれ訊いたら露骨に不機嫌そうな顔をするじゃないですか。ていうか既に鬱陶しそうな顔をしているし!」
「意図的にそうしているつもりはないが、無意識にそうなるのだろう。なんたって夏目麻衣は大事なお客様だ」
「じゃあ私は!?」
「只の人だ」
「酷ッ! 私だって貢献してきたのに! まーくん、何か言ってやってよ!」
里奈は頬をパンパンに膨らませて武藤を見る。
「俺に振らないでくれ……」
まーくんこと武藤誠は、恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らした。
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